

「エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023」は、日本腎臓学会のCKD診療ガイドライン改訂委員会が作成し、2023年6月20日に発行された診療ガイドラインです。2009年、2013年、2018年版に続く改訂であり、慢性腎臓病(CKD)の診断、重症度評価、紹介基準、高血圧・心不全、糖尿病性腎臓病、栄養、腎性貧血、CKD-MBD、薬物治療、妊娠、高齢者、透析導入、腎移植、難治性腎疾患、小児CKDまでを広く扱っています。最新の本文はMindsガイドラインライブラリで公開されています。
minds.jcqhc.or(https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00779/)
本ガイドラインの特徴は、単に腎機能低下を遅らせるための指針ではなく、CKDを心血管疾患、死亡、急性腎障害、フレイル、栄養障害、腎代替療法移行などにつながる全身性リスクとして捉えている点にあります。CKD患者では糖尿病、高血圧、脂質異常症、心不全、悪性腫瘍、感染症などの併存が多く、個々の薬剤選択や生活指導が腎予後だけでなく心血管予後・生活の質にも影響します。そのため、外来では「eGFRがどの程度か」だけでなく、「尿蛋白またはアルブミン尿はあるか」「短期間に悪化していないか」「血圧・体液量・カリウム・酸塩基平衡は安定しているか」「治療による不利益が上回っていないか」を一体的に確認する必要があります。
また、ガイドラインの推奨は一律の処方指示ではありません。年齢、フレイル、認知機能、低血圧、転倒、心不全、低栄養、妊娠希望、原疾患、併用薬、患者の価値観を踏まえ、個別化して運用することが重要です。とくに高齢CKD患者では、数値目標の達成そのものを目的化せず、生命予後、機能予後、治療負担、本人の希望を含めた臨床判断が求められます。
エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2023(Mindsガイドラインライブラリ)
CKDは、腎障害を示唆する所見または腎機能低下が3か月以上持続する状態として捉えます。臨床上は、尿蛋白・尿アルブミン異常、血尿、画像所見、病理所見、腎移植歴などの腎障害所見に加え、eGFR低下を評価します。実務では、単回のクレアチニン値やeGFR値だけでCKDと即断せず、急性腎障害、脱水、感染症、薬剤性、心不全増悪、尿路閉塞などの一過性要因を除外し、持続性を確認する姿勢が不可欠です。
重症度は原疾患、GFR区分、蛋白尿またはアルブミン尿区分を組み合わせる「CGA分類」で評価します。eGFRが保たれていても、持続する高度アルブミン尿・蛋白尿は腎機能低下や心血管イベントの重要な予測因子です。逆に、高齢者ではeGFRの軽度低下のみで腎代替療法リスクが直ちに高いとは限らず、尿所見、eGFR低下速度、合併症、身体機能を併せて見ます。尿アルブミン測定は、糖尿病性腎臓病の早期検出だけでなく、治療反応性と将来リスクの評価にも有用です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| CKDの基本的判断 | 腎障害所見またはeGFR低下が3か月以上持続 | 単回検査ではAKIや可逆的要因を除外する |
| GFR評価 | eGFRを用いてG1~G5に区分 | 薬剤投与量では添付文書が求める評価法を確認する |
| 尿所見評価 | 尿蛋白、尿アルブミン、尿沈渣を評価 | 蛋白尿・アルブミン尿は腎・心血管リスク層別化の軸 |
| 経時変化 | eGFRの傾き、蛋白尿の増悪、血圧・体液量の変化を追跡 | 急速な悪化では薬剤性、閉塞、糸球体疾患などを再評価 |
| 専門医紹介 | 高度蛋白尿、血尿を伴う蛋白尿、急速な腎機能低下、進行CKDなど | 原疾患診断、腎生検適応、腎代替療法教育も考慮する |
専門医紹介の判断では、eGFR値の閾値だけに依存しないことが大切です。血尿を伴う蛋白尿、ネフローゼ域蛋白尿、急激なCr上昇、原因不明の腎機能低下、難治性高血圧、反復する高カリウム血症、治療抵抗性の浮腫、腎性貧血・CKD-MBDの管理困難例は、早期に腎臓専門医と連携する意義があります。透析が近づいてからの紹介ではなく、腎代替療法の選択支援、保存的腎臓療法を含む意思決定、多職種教育を行える時期に紹介することが望まれます。
高血圧を伴うCKDでは、診察室血圧130/80mmHg未満を目標とする降圧療法が推奨されています。ただし、これはすべての患者に機械的に適用する絶対的な数値ではありません。起立性低血圧、めまい、転倒、虚血性心疾患、脳血管障害、進行した動脈硬化、フレイル、低栄養などがある場合、過度な降圧は腎血流低下や有害事象につながり得ます。ガイドラインが参照した研究でも、極端な低血圧では心血管・腎アウトカムが悪化する可能性が示されており、家庭血圧、診察室血圧、症状、脈拍、体液量を合わせて調整する必要があります。
cdn.jsn.or(https://cdn.jsn.or.jp/data/CKD2023_shoroku.pdf)
蛋白尿またはアルブミン尿を伴うCKDでは、RA系阻害薬であるACE阻害薬またはARBが重要な治療の柱です。薬剤導入・増量時には、血清クレアチニン、eGFR、血清カリウム、血圧、脱水の有無を確認します。開始後にeGFRが変動しても、常に即時中止が正解とは限りません。腎動脈狭窄、脱水、利尿薬過量、NSAIDs併用、感染、心不全などの誘因を評価し、ベネフィットとリスクを見直します。CKD G4・G5であっても、生命予後や心血管イベントの観点から、使用中のRA系阻害薬を漫然と中止しないことが弱く推奨されています。ただし、制御困難な高カリウム血症、過度な血圧低下、急性腎障害などでは個別対応が必要です。
jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf)
栄養管理では、たんぱく質制限と低栄養予防の両立が課題です。蛋白制限は画一的に指導するのではなく、CKD病期、糖尿病、年齢、サルコペニア、体重変化、食事摂取量、炎症、身体活動を考慮して管理栄養士と協働します。高齢者や低栄養リスクの高い患者に対し、腎保護だけを目的に過度な摂取制限を行うと、筋肉量低下、フレイル、感染リスク増大につながるおそれがあります。
2023年版で臨床的な重要度が大きい更新の一つが、SGLT2阻害薬の位置づけです。糖尿病性腎臓病では、腎予後改善と心血管疾患発症抑制を期待してSGLT2阻害薬の投与が推奨されています。さらに糖尿病非合併CKDについても、蛋白尿を有する場合は、腎機能低下の進展、心血管疾患イベント、死亡の発生を抑制する効果が期待できるため、投与が推奨されています。一方、蛋白尿がない場合、または蛋白尿があってもeGFRが75mL/分/1.73m2を超える場合は、ガイドライン作成時点で明確なエビデンスがないとされています。
jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf)
この推奨は、DAPA-CKD試験などの知見を踏まえたものです。ガイドラインで取り上げられたDAPA-CKD試験は、尿アルブミン・クレアチニン比200mg/g以上5,000mg/g以下、eGFR 25~75mL/分/1.73m2のCKD患者4,304例を対象とし、糖尿病非合併例も含めてSGLT2阻害薬の腎・心血管アウトカムへの有用性を示しました。ただし、実際の処方可否は、わが国の各製剤の添付文書、保険適用、eGFRによる開始・継続基準、原疾患、併用薬を必ず確認しなければなりません。
jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf)
SGLT2阻害薬の導入時は、開始後早期にeGFRが一過性に低下する、いわゆるinitial dipを想定しておく必要があります。これは必ずしも腎障害の進行を意味しませんが、脱水、利尿薬併用、血圧低下、急性疾患、食事摂取不良、NSAIDs併用などがあると腎前性要因が重なり得ます。導入前に体液量・血圧・腎機能・電解質を確認し、導入後も早期に臨床状態と検査値を再評価します。患者には、発熱、下痢、嘔吐、食事摂取不良、著しい脱水などのシックデイ時に、自己判断による漫然継続を避け、医療機関へ相談するよう具体的に説明します。
代謝性アシドーシスを伴う保存期CKD G3~G5では、炭酸水素ナトリウムなどによる介入が腎機能低下を抑制する可能性があるとして、浮腫悪化に注意しながらの介入が提案されています。ガイドラインは、多くの臨床試験で血清HCO3-濃度がおおむね21mmol/L以下を治療開始の目安とし、22mmol/L以上を目標とした経緯を解説しています。実装時には、血圧、浮腫、心不全、体重、Na負荷、血清K、HCO3-、患者の服薬負担を確認しながら調整します。
jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf)
腎機能に応じた薬剤用量設定では、eGFRとCockcroft-Gault式による推算クレアチニンクリアランスを混同しないことも重要です。添付文書や試験の基準がmL/分かmL/分/1.73m2か、eGFRかeCCrかを確認し、体表面積補正の必要性を判断します。とくに高齢、低筋肉量、るいそう、浮腫、四肢切断、筋肉量が多い患者では、クレアチニン依存の推算式が実態と乖離する可能性があるため、必要に応じてシスタチンCによる評価や専門医への相談を検討します。
jsn.or(https://jsn.or.jp/data/gl2023_ckd_ch11.pdf)
日本腎臓学会:CKDに対する薬物治療(ガイドライン2023第11章)
外来実装では、CKDを「検査値異常への対応」で終わらせず、継続的なリスク管理プログラムとして設計することが有効です。初診またはCKD判明時には、原疾患の推定、尿所見、eGFRの推移、血圧、糖代謝、脂質、貧血、電解質、酸塩基平衡、CKD-MBD関連項目、心不全・虚血性心疾患、服薬内容、生活背景を整理します。そのうえで、患者ごとに腎保護、心血管予防、症状緩和、栄養維持、腎代替療法の準備という複数の目標を設定します。
例えば、糖尿病・高血圧・アルブミン尿を伴う患者では、血圧管理、RA系阻害薬、糖尿病治療、SGLT2阻害薬の適応検討、食塩管理、禁煙、体液量評価を並行して行います。この際、薬剤を追加するたびに「血圧低下」「eGFR変動」「高カリウム血症」「脱水」「低血糖」「服薬アドヒアランス」の観察計画をあらかじめ決めておくと、安全性を高められます。薬物ごとに分断して管理するのではなく、患者全体の循環動態と腎機能の変化を一つの時間軸で追うことが重要です。
また、CKD診療では医師のみで完結しません。看護師によるセルフモニタリング支援、薬剤師による腎機能別用量・相互作用・市販薬確認、管理栄養士による食塩・たんぱく質・エネルギー・カリウム・リンの個別調整、理学療法士等による運動・フレイル対策、医療ソーシャルワーカーによる療養・就労・介護支援を組み合わせることで、実行可能性が高まります。ガイドラインにも成人保存期CKDに対する多職種による生活習慣教育的介入が取り上げられており、患者教育を診療の付随業務ではなく治療そのものとして位置づける視点が必要です。
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最後に、ガイドラインは最新の根拠を診療へ橋渡しするための基盤ですが、個別患者への適用では限界もあります。推奨の強さ、エビデンスの確実性、試験対象患者と目の前の患者との違い、国内での適応・添付文書・保険診療の要件を確認してください。とくに高齢者、妊娠中または妊娠希望者、進行CKD、急速進行例、ネフローゼ症候群、血管炎、遺伝性腎疾患、腎移植後では、専門医との連携を早めることが安全なCKD診療につながります。