日本で臨床診断に用いる中心的な考え方は、ドライアイ研究会が2016年に改訂した「日本のドライアイの定義と診断基準」です。ドライアイは、「さまざまな要因により涙液層の安定性が低下する疾患であり、眼不快感や視機能異常を生じ、眼表面の障害を伴うことがある」と定義されます。ここで重要なのは、眼表面上皮障害を必ず伴う疾患ではなく、「伴うことがある」と整理されている点です。診療の焦点は涙液分泌量だけではなく、涙液層の安定性へ置かれています。
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確定診断には、眼不快感または視機能異常などの自覚症状があること、ならびにフルオレセイン染色による涙液層破壊時間(tear film break-up time:BUT)が5秒以下であること、この二つをともに満たす必要があります。すなわち、症状があってもBUTが6秒以上であればこの基準のみでは確定診断できず、反対にBUTが5秒以下でも症状がなければ確定診断には至りません。検査値を単独で診断名へ直結させず、症候と涙液層不安定性の組合せとして判断することが基本です。
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この二要件は、症状のあるshort BUT型ドライアイを臨床上適切に拾い上げるための改訂でもあります。従来、明瞭な角結膜上皮障害を伴わない患者は「疑い例」にとどまりやすい状況がありました。しかし、涙液層が短時間で破綻する状態だけでも、重症の涙液減少型に匹敵する症状や視機能への支障を訴える患者群が存在することが明らかになり、涙液層安定性低下を診断の中核に据える必要性が高まりました。
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ドライアイ研究会:ドライアイの定義と診断基準
フルオレセインBUTは、瞬目後から涙液層に最初の破綻が生じるまでの時間を測定し、涙液層の安定性を評価する検査です。2016年版の確定診断において、BUT 5秒以下は客観的要件です。ただし、検査時のフルオレセイン量、点眼から観察までの時間、被検者の開瞼努力、室内環境、観察者間差によって結果が影響され得ます。単回値だけで断定するのではなく、症状、細隙灯所見、染色パターン、瞬目、眼瞼縁所見との整合性を確認する姿勢が求められます。
シルマーI法は、下眼瞼にろ紙を挿入し、通常5分間の濡れ長で涙液分泌の程度を評価する検査です。一般に5 mm以下は著しい低値として扱われますが、2016年版の日本の確定診断基準には組み込まれていません。これは、シルマー試験が不要になったことを意味しません。涙液減少の程度、シェーグレン症候群を含む全身疾患関連ドライアイの把握、病態の層別化、治療反応の解釈には依然として有用です。
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| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 自覚症状 | 眼不快感または視機能異常を有する | 乾燥感、異物感、疲労感、疼痛、かすみ、見えにくさなどを問診で確認する |
| フルオレセインBUT | 5秒以下 | 2016年版の確定診断に必要な客観的所見。涙液層安定性を表す |
| シルマーI法 | 5分値で涙液分泌量を評価する | 確定診断の必須項目ではない。低値は涙液減少型や全身疾患の評価に有用 |
| 角結膜上皮染色 | フルオレセイン、ローズベンガル、リサミングリーン等で評価する | 確定診断の必須項目ではないが、障害部位、重症度、治療選択の判断材料となる |
| マイボーム腺評価 | 眼瞼縁、開口部、脂質分泌、マイボグラフィなどを確認する | 蒸発亢進やマイボーム腺機能不全の病態把握に重要 |
角結膜上皮障害についても、診断の必須条件ではありません。角膜フルオレセイン染色、結膜リサミングリーン染色などは、涙液層不安定性が眼表面へ及ぼした影響を可視化し、病変の分布や重症度を評価するために重要です。とくに、上方角結膜の染色、下方角膜の点状表層角膜症、糸状角膜炎、結膜弛緩などの所見は、病態や鑑別を考えるうえで有益です。
自覚症状の評価では、「乾くか」という質問だけでは不十分です。ドライアイは乾燥感に加え、異物感、砂目感、灼熱感、眼痛、眼精疲労、充血、羞明、流涙、コンタクトレンズ装用時の不快感、間欠的なかすみ、作業後半に悪化する見えづらさなど、多様な表現で現れます。視機能異常には、瞬目により一時的に見え方が改善する、読書やVDT作業で焦点が合いにくくなる、夕方に視力の質が落ちるといった訴えも含めて聴取します。
診察では、原則として検査や点眼の順序が結果を変えないよう配慮します。既に点眼や接触操作を行うと涙液状態が変化し、BUTや染色所見の解釈が難しくなります。初診時は、問診と視力・屈折の確認、外眼部および眼瞼縁観察、可能な限り自然な状態でのBUT評価、角結膜染色、涙液量評価、マイボーム腺機能評価へと進めると、病態を整理しやすくなります。
症状と検査値の乖離にも注意が必要です。強い疼痛や異物感があるにもかかわらず眼表面所見が乏しい場合は、神経障害性眼痛、眼瞼けいれん、羞明を伴う他疾患、片頭痛関連症状なども鑑別に挙がります。逆に、BUT短縮があるのに無症状の場合は、症状閾値、角膜知覚低下、患者の自覚の乏しさを考慮し、確定診断の基準を満たさないことと、将来の眼表面リスク評価は別に扱います。
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2006年版の診断枠組みでは、涙液異常、角結膜上皮障害、ドライアイ症状の三項目に基づいて確定例、疑い例が整理されていました。これに対し2016年版では、角結膜上皮障害およびシルマー試験などの涙液量評価を確定診断の必須項目から外し、症状とBUT 5秒以下という二要件へ簡素化しました。これは基準を緩めたというより、涙液層不安定性がドライアイの本質的異常であるという研究知見を反映した変更です。
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臨床への影響は大きく、短いBUTを示しながら明瞭な角膜上皮障害を伴わない患者を、単なる「眼精疲労」や「ドライアイ疑い」として扱わず、症状の原因として涙液層不安定性を評価しやすくなりました。とくに、長時間の画面作業で瞬目が減少する患者、コンタクトレンズ装用者、マイボーム腺機能不全が関与する患者、ムチン関連の眼表面異常が疑われる患者では、視機能の質の低下を含めた評価が重要です。
一方で、この基準は鑑別診断を省略してよいという意味ではありません。アレルギー性結膜炎、感染性角結膜炎、上輪部角結膜炎、結膜弛緩症、眼瞼内反・外反、曝露性角膜症、薬剤性眼表面障害、コンタクトレンズ関連障害なども、乾燥感、異物感、充血、視機能異常を生じます。BUT短縮が併存していても、主訴の原因と主病態を丁寧に切り分ける必要があります。
日本眼科学会:ドライアイ診療ガイドライン
2019年に公表されたドライアイ診療ガイドラインは、国内外の文献を踏まえ、診療上の意思決定を支援するためにMinds形式で作成されたものです。ただし、診断・検査領域は高いエビデンスレベルの研究が相対的に少なく、患者背景や眼表面所見を踏まえた臨床的解釈が不可欠です。診断基準は共通言語として活用しつつ、患者ごとの病態を把握する検査設計が重要になります。
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/member/journal/guideline/detail.html?itemid=315&dispmid=909)
確定診断後は、「ドライアイであるか」の判定にとどまらず、涙液層のどの構成要素が不安定性に関与しているかを評価します。涙液減少、蒸発亢進、マイボーム腺機能不全、眼表面ムチンの異常、眼瞼・瞬目異常、環境因子、点眼薬やコンタクトレンズの影響などを組み合わせて整理します。実際には複数要因が重なる混合型が多く、単一の検査値だけから病態を固定しないことが大切です。
記録では、自覚症状の内容と経過、フルオレセインBUTの測定条件と左右眼の値、角膜・結膜染色の部位と程度、シルマー値、眼瞼縁・マイボーム腺の所見、使用中の点眼薬、コンタクトレンズの種類と装用時間、全身疾患・内服薬を記載すると、再診時の変化を追跡しやすくなります。治療後にBUTが延長しても、症状、視機能、上皮障害が改善しているかを併せて評価することで、患者にとって意味のあるアウトカムを把握できます。
例えば、乾燥感と夕方のかすみを訴え、フルオレセインBUTが右4秒・左3秒で、明確な角膜染色がなくても、両眼に自覚症状がありBUTが5秒以下であれば、2016年版基準ではドライアイと診断します。そのうえで、眼瞼縁の毛細血管拡張、開口部閉塞、圧出時の粘稠な分泌物があれば、マイボーム腺機能不全を主要な病態として評価し、涙液層安定化を目的とした治療計画へつなげます。反対に、強い症状があるにもかかわらずBUTが保たれていれば、ドライアイ基準を満たすと早合点せず、アレルギー、眼瞼異常、屈折・調節異常、神経感覚異常などを再評価します。
医療従事者が押さえるべき結論は明確です。日本の2016年版診断基準では、「自覚症状」と「フルオレセインBUT 5秒以下」が確定診断の二本柱です。シルマー試験と角結膜上皮障害は診断の必須条件ではない一方、病態把握、重症度判定、全身疾患のスクリーニング、治療選択には重要です。基準を正確に運用しながら、症状と客観所見の乖離を丁寧に読み解くことが、適切な鑑別と個別化治療につながります。 dryeye.ne(https://dryeye.ne.jp/for-member/definition-and-diagnosis/)