

熱射病とは、暑熱環境への曝露などを契機に体温調節機構が破綻し、著しい高体温と中枢神経系の異常を伴う、生命を脅かす重症の暑熱障害です。日常会話では「熱中症がひどくなった状態」と表現されることがありますが、医療現場では単なる脱水や倦怠感として扱わず、時間依存性の高い救急疾患として評価する必要があります。
熱中症は、高温環境下で発汗や皮膚血流の調節が十分に機能せず、体内に熱が蓄積して多彩な症状を起こす状態の総称です。めまい、頭痛、悪心、筋痙攣、倦怠感から、意識障害、けいれん、ショック、多臓器障害まで、重症度には幅があります。熱射病はこの連続した病態の重症側に位置し、特に脳機能障害の有無が現場での緊急判断に直結します。厚生労働省も、熱中症を高温環境下で発汗などの体温調節がうまく働かず、体内に熱がこもってさまざまな症状が現れる状態と説明しています。
mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/)
従来の日本の分類では、熱失神、熱痙攣、熱疲労、熱射病といった病名が重症度の説明にも用いられてきました。しかし、これらの用語だけでは重症度を直感的に判断しにくいという課題がありました。日本救急医学会の「熱中症診療ガイドライン2024」では、軽症から重症へ連続的に評価する重症度分類が整理され、最重症を迅速に拾い上げるためのⅣ度という概念も示されています。
jaam(https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf)
したがって、医療従事者が「熱射病とは何か」を判断する際は、用語そのものにこだわるよりも、暑熱曝露歴、意識状態、体温、とくに深部体温、臓器障害の兆候、冷却への反応を統合して評価する姿勢が重要です。
熱射病を疑う重要な所見は、暑熱環境への曝露後に生じた中枢神経障害です。具体的には、呼びかけへの反応が鈍い、会話が成立しない、見当識障害、興奮、せん妄、歩行不能、失調、けいれん、昏睡などが該当します。高体温は重要な手掛かりですが、救急要請までの時間、搬送中の自然冷却、衣服の除去、冷却処置の有無によって測定値が下がっている場合もあります。そのため、受診時の体温だけで熱射病を否定してはなりません。
重症熱中症では、皮膚が熱い、頻脈、頻呼吸、低血圧、乏尿、嘔吐、下痢、筋痛、褐色尿、黄疸、出血傾向などがみられることがあります。発汗は「ある」「ない」のいずれでも熱射病を否定・確定する所見ではありません。古典的には皮膚の乾燥や無汗が強調されてきましたが、労作性の重症熱中症では発汗が持続していることもあります。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 暑熱曝露歴 | 高温多湿環境、運動、作業、換気不良な室内などへの曝露 | 室内発症もあり、屋外活動歴がないだけでは除外できない |
| 中枢神経症状 | 意識障害、せん妄、異常行動、けいれん、失調、昏睡 | 熱射病を強く疑う最重要所見 |
| 体温評価 | 著しい高体温を確認し、可能であれば深部体温を測定する | 表面体温のみで重症度を過小評価しない |
| 循環・呼吸 | 頻脈、低血圧、ショック、頻呼吸、低酸素血症の有無 | 輸液量と呼吸循環動態を継続評価する |
| 臓器障害 | 腎障害、肝障害、凝固異常、横紋筋融解、血小板減少 | 初診時に軽くても遅れて悪化する場合がある |
鑑別では、敗血症、髄膜炎・脳炎、脳血管障害、低血糖、薬物中毒、アルコール関連疾患、悪性症候群、セロトニン症候群、甲状腺クリーゼなどを念頭に置きます。ただし、熱射病が疑われる状況では、鑑別診断のために冷却開始を遅らせるべきではありません。熱中症の診断では、暑熱環境への曝露、特徴的症状、他疾患の除外を基本に評価する考え方が示されています。
hokuto(https://hokuto.app/erManual/GVAZiQn9VfycmUdTpjgy)
熱射病への対応で最も重要なのは、迅速な体温低下です。救急要請、ABC評価、モニタリング、静脈路確保、採血、輸液などを進める一方で、冷却を後回しにしないことが原則です。中枢神経障害がある、明らかな高体温がある、自力で安全に飲水できない、循環不全やけいれんを伴う場合は、重症として救急搬送と積極的な冷却を同時に開始します。
救急現場や施設内では、まず冷房の効いた室内、救急車内、日陰などへ移動させ、衣服や防護具を外して放熱を促します。次に、皮膚へ水をかけながら送風する蒸散・対流冷却、冷水への浸漬が可能な環境での冷水浸漬、氷や保冷材を頸部、腋窩、鼠径部などへ当てる方法などを、利用可能な資源に応じて組み合わせます。氷嚢を太い血管の走行部に当てるだけでは冷却能力が十分でないことがあり、可能な限り全身を対象とした冷却を考えます。
日本救急医学会のガイドラインでは、Ⅲ~Ⅳ度の重症熱中症に対して、Active Coolingを含む集学的治療を行うことが推奨されています。また、軽症から中等症では涼しい環境での休息と水分・電解質補給を行い、改善に乏しい場合には深部体温を測定したうえで積極的冷却を検討する考え方が示されています。
jaam(https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf)
職場や高齢者施設、学校、スポーツ現場などでは、発症後の手順をあらかじめ標準化しておくことが実効性を高めます。厚生労働省は職場の熱中症対策として、緊急連絡網や搬送先、作業離脱、身体冷却、医療機関への搬送など、重篤化防止に必要な手順を整備する必要性を示しています。
mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/content/001476821.pdf)
環境省:熱中症の対処方法(応急処置)
熱射病は、単に体温を下げれば終わる疾患ではありません。高体温、循環血液量減少、組織低灌流、炎症反応、凝固異常などが重なり、脳、腎臓、肝臓、骨格筋、消化管、血液凝固系に影響を及ぼします。初期に意識状態が改善し、バイタルサインが安定して見えても、数時間から翌日にかけて肝障害、急性腎障害、横紋筋融解症、DICなどが進行することがあります。
検査では、血算、電解質、血糖、腎機能、肝胆道系酵素、CK、LDH、血液ガス、乳酸、凝固系、フィブリノゲン、Dダイマー、尿所見を基本に、重症度に応じて反復評価します。横紋筋融解症ではCK上昇、ミオグロビン尿、腎機能悪化が問題となり、筋逸脱酵素の初回値だけでなく推移の確認が必要です。肝障害や凝固異常も遅発的に悪化し得るため、退院判断は単回の検査値だけに依存せず、臨床経過と再検結果を総合します。
輸液は、脱水、循環動態、尿量、電解質、腎機能、心機能を踏まえて個別化します。過剰輸液は肺水腫などのリスクがあり、特に高齢者、心不全や腎機能障害を有する患者では慎重な評価が必要です。低ナトリウム血症や高ナトリウム血症、低カリウム血症、高カリウム血症など、発汗、水分摂取、輸液、腎障害の影響を受ける電解質異常にも注意します。
また、発熱を伴う感染症と誤認して解熱薬のみで対応することは適切ではありません。熱射病の本態は体温調節破綻による高体温であり、第一選択は物理的冷却です。解熱鎮痛薬は熱産生・体温調節の障害という病態を是正せず、肝障害や腎障害、凝固異常が存在する患者では薬剤選択にも慎重さが求められます。
熱射病の予防では、「暑い屋外で運動する人」だけを対象にしては不十分です。高齢者、乳幼児、暑熱順化が不十分な人、心疾患・腎疾患・呼吸器疾患・糖尿病などの基礎疾患を持つ人、認知機能低下のある人、利尿薬や向精神薬などを使用する人、独居で空調利用を控える人などは、室内でも重症化する可能性があります。患者教育では、気温だけでなく湿度、風、日射、室内環境、体調、活動量を含めてリスクを伝えることが重要です。
医療機関、介護施設、訪問看護、薬局、学校保健、産業保健では、暑熱リスクが高まる時期に、飲水量、食事量、尿量、体重変化、発熱、服薬状況、空調の利用、独居状況を確認する機会を設けると有用です。とくに高齢者では口渇感が乏しいことがあり、「のどが渇いたら飲む」だけでは予防策として十分ではありません。定時の水分摂取、居室温度の確認、支援者による見守りを組み合わせる必要があります。
労働現場では、WBGTを含む暑熱環境の把握、休憩・水分・塩分補給の計画、単独作業を避ける体制、暑熱順化のための段階的な負荷設定、異常時の報告と救急対応の訓練が重要です。日本救急医学会のガイドラインでは、重症例に対して早期のActive Coolingを含む集学的治療が推奨されており、発症後に医療機関へ到達するまでの時間を短縮する体制づくりも予後に関わります。
jaam(https://www.jaam.jp/info/2024/files/20240725_2024.pdf)
熱射病を疑う際は、「汗をかいているから軽症」「体温が少し下がったから大丈夫」「水を飲めたから受診不要」といった単一の所見で判断しないことが大切です。暑熱曝露後に意識障害、歩行障害、異常行動、けいれん、循環不全、自力飲水困難がみられる場合は、重症熱中症として速やかな救急対応と冷却を実施し、医療機関で臓器障害を含めた継続評価につなげます。
厚生労働省:熱中症関連情報・熱中症診療ガイドライン2024