

白内障グレードとは、眼内の水晶体に生じた混濁について、部位、濃度、色調、広がりなどを一定の基準で段階評価する考え方である。白内障は単に「ある」「ない」で扱う疾患ではなく、混濁がどこに存在し、どの程度まで進み、患者の視機能へどのように影響しているかを把握する必要がある。そのため、診療録、紹介状、術前カンファレンス、臨床研究では、白内障の所見を再現可能な形で表記することが重要となる。
臨床現場では、「軽度」「中等度」「高度」といった定性的な表現が用いられることもある。しかし、これらの言葉には施設差や診察者間の差が入りやすい。特に、術式の難易度、散瞳不良への備え、核硬度に見合う超音波乳化吸引条件の検討、眼底疾患の評価可否などを考える際には、混濁の型を区別した記録が有用である。
なお、患者向け情報では「グレード1から4」「初期・中期・成熟・過熟」といった進行段階が説明されることがある一方、これらは必ずしも世界共通の標準分類ではない。白内障の程度をグレードだけで一律に判断すると、後嚢下混濁のように比較的軽度の所見でも強い羞明や近見障害を来し得る病態を見逃すおそれがある。白内障は、水晶体の混濁によって視機能が低下する疾患であり、進行すると視力低下、複視、羞明などが起こり得る。
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=48)
白内障のグレーディングで広く知られる分類の一つが、Lens Opacities Classification System III、すなわちLOCS IIIである。これは細隙灯顕微鏡所見を標準写真と比較し、水晶体の混濁を複数の要素に分けて評価する方式である。主な構成要素は、核混濁度を示すNO、核色調を示すNC、皮質混濁を示すC、後嚢下混濁を示すPである。
NOとNCは、核白内障に関する評価である。NOは核の濁りの程度、NCは無色透明に近い状態から黄褐色、さらに濃い褐色へ移行する色調変化をみる。核白内障が進行すると、水晶体核の硬化や褐色化が進み、術中には核硬度の上昇、超音波エネルギー増加、角膜内皮への影響などを念頭に置いた計画が必要となる。ただし、LOCS IIIのNC値は術中の核硬度そのものを直接測定するものではなく、術前評価を補助する臨床指標として扱うべきである。
皮質混濁であるCは、水晶体皮質に生じる楔状・放射状の混濁を評価する。周辺部主体で視軸を避けていれば視力への影響が限られることもあるが、散瞳時や夜間の瞳孔径変化、混濁の中心部への進展によって症状が増悪する。Pは後嚢下混濁を指し、水晶体後極付近の混濁を評価する。後嚢下白内障は、視軸近傍に小さな混濁が存在するだけでも、明所での羞明、コントラスト低下、近見時の見づらさを訴えやすい。LOCS IIIでは、核混濁度・核色調は一般に1から6、皮質混濁・後嚢下混濁は1から5の段階で表記される。
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/Portals/0/JJOS_PDF/104_626.pdf)
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| NO | 核混濁度を標準写真と比較して評価する | 核の透明性低下を表し、色調評価とは区別する |
| NC | 核色調の黄変・褐色化の程度を評価する | 進行例では核硬化や術中難易度の推定材料となる |
| C | 皮質混濁の広がり・程度を評価する | 周辺部でも視軸への進展や夜間症状を確認する |
| P | 後嚢下混濁の程度を評価する | 低いグレードでも羞明や近見障害が強いことがある |
| 成熟・過熟の表現 | 水晶体全体の高度混濁や進行状態を表す臨床表現 | LOCS IIIの単純な数値と同義ではない |
白内障グレードの解釈で最も重要なのは、混濁の客観的所見と患者の視覚症状が必ずしも比例しない点である。たとえば、核白内障が中等度まで進行していても、矯正視力が保たれ、日常生活の不自由をほとんど自覚しない患者がいる。一方で、比較的小さい後嚢下混濁でも、逆光時のまぶしさ、日中の屋外での見えにくさ、LED照明下での不快感、夜間運転時の対向車ヘッドライトによるグレアを強く訴える患者がいる。
視力表で測定する高コントラスト視力は、白内障による視機能障害の一部しか反映しない。患者が困るのは、低コントラスト条件、照度変化、グレア環境、色覚・コントラスト感度の低下、複視や単眼性多像などである。診察では裸眼視力、矯正視力、屈折値、細隙灯所見に加え、「晴天下で標識が見づらいか」「夕方や夜間の運転を避けているか」「仕事で細かい文字・モニター画面・色調確認に支障があるか」といった具体的な問診を組み合わせる必要がある。
したがって、「グレードが低いから経過観察」「視力が一定以上だから手術不要」と短絡的に結論づけることは適切ではない。逆に、高度の核混濁があっても、患者の希望、全身状態、対側眼の視機能、眼底疾患の予後、手術リスクを踏まえた個別判断が求められる。白内障は通常、年月をかけてゆっくり進行するが、症状の出方と生活への影響には大きな個人差がある。
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=48)
医療従事者が白内障グレードを実務に生かすには、数値だけを記録するのではなく、評価条件と視機能情報を併記することが望ましい。細隙灯所見では、散瞳の程度、観察条件、混濁の主体が核・皮質・後嚢下のいずれか、前嚢下混濁や偽落屑物質の有無、瞳孔径、角膜所見、前房深度などを確認する。LOCS IIIを採用する場合は、NO、NC、C、Pを個別に記載し、左右眼を明確に分ける。
記載例としては、「右眼:LOCS III NO3.0、NC3.0、C2.0、P1.0。矯正視力0.8。夜間運転時のグレアを自覚。散瞳良好、角膜内皮所見に明らかな異常なし」といった形が考えられる。これにより、後日の進行評価、紹介先との情報共有、手術計画の検討がしやすくなる。数値の小数表記を含めるかどうかは、施設の運用、撮影・標準写真との比較手順、研究プロトコルに従う。
術前判断では、白内障グレードのほかに、患者が求める視機能、眼鏡依存度、職業、運転頻度、片眼・両眼の障害程度、眼底疾患の有無、角膜内皮細胞、眼軸長、前房深度、チン小帯脆弱性、抗凝固薬・抗血小板薬を含む全身管理などを総合評価する。進行白内障では水晶体混濁のため眼底観察や網膜治療が妨げられることもあり、網膜・視神経疾患の評価や治療アクセスを確保する目的で手術を検討する場面もある。
日本眼科学会「白内障手術」
なお、進行した白内障に対しては、混濁した水晶体を摘出し眼内レンズを挿入する手術が一般的であり、基本的には局所麻酔で行われる。 ただし、患者説明では「グレードが何点だから必ず手術」という伝え方を避けるべきである。手術適応は、視機能障害と生活上の困りごと、眼科的必要性、期待できる視力予後、手術リスクを共有意思決定で整理して決定する。
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/public/disease/treatment/item01.html)
LOCS IIIは、白内障を系統的に表現できる有用な方法である一方、評価者が細隙灯所見と標準写真を比較する主観的な要素を含む。観察時の散瞳状態、照明設定、検者経験、患者の協力、角膜・硝子体の混濁などが判断へ影響し得る。そのため、同一患者を長期に追跡する場合は、可能な限り同じ評価法、近い観察条件、同じ施設内ルールで記録することが望ましい。
近年は、前眼部写真、Scheimpflug画像、OCT、客観的散乱指標などを併用し、白内障の程度をより定量的に把握しようとする取り組みもある。客観的散乱指標であるOSIは、LOCS IIIと併用して眼内散乱を評価する補助的手段として報告されており、白内障グレードの上昇に伴う矯正視力低下・OSI上昇との関連も示されている。 ただし、機器指標も単独で患者の困りごとや術後満足度を完全に予測するものではない。
aao(https://www.aao.org/editors-choice/objective-scatter-index-appears-effective-grading-)
医師、視能訓練士、看護師、手術室スタッフ、医療クラークが白内障診療に関わる場合、グレードを共通言語として使うことで、情報の抜けを減らせる。視能訓練士は視力、屈折、散瞳前後の見え方、検査時の羞明訴えを丁寧に拾い、看護師は点眼自己管理、術後生活、転倒リスク、送迎や家族支援の状況を把握する。医師はこれらの情報に細隙灯所見と網膜・視神経の評価を重ね、手術の時期と術式を決定する。
白内障グレードは、患者を序列化するための数値ではなく、混濁の性質と経時変化を共有するための臨床情報である。核、皮質、後嚢下という混濁部位を見分け、視力値だけでは捉えにくいグレアやコントラスト低下を確認し、生活機能と併存眼疾患を踏まえて解釈することが、過不足のない白内障診療につながる。

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