腹部大動脈瘤の症状と緊急対応を整理

腹部大動脈瘤の症状と緊急対応を整理

腹部大動脈瘤は多くが無症状で経過する一方、腹痛・腰背部痛やショックは切迫破裂・破裂を示す可能性があります。医療従事者が初期評価、鑑別、画像検査、緊急対応で押さえるべき腹部大動脈瘤症状の要点をどう整理すべきでしょうか?

腹部大動脈瘤症状の基礎知識と核心ガイド

腹部大動脈瘤症状の見逃し防止要点
無症状でも進行する疾患

腹部大動脈瘤は自覚症状を欠く例が多く、健診や他疾患の超音波・CTで偶発的に発見されることが少なくない。

持続する腹痛や腰痛に注意

新規の持続する腹痛、腰背部痛、拍動性腫瘤は瘤拡大や切迫破裂を示し、迅速な画像評価が必要となる。

破裂疑いは時間依存性の救急

激烈な腹部・腰背部痛、低血圧、失神や意識障害では破裂を想定し、蘇生と血管外科への連絡を並行して進める。


腹部大動脈瘤とは何か:症状が出にくい理由


腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm:AAA)とは、腹部大動脈が局所的または全周性に拡張した状態である。日本循環器学会・関連学会の合同ガイドラインでは、成人の腹部大動脈の正常径をおおむね20mmとし、正常径の1.5倍にあたる30mmを超える拡張を腹部大動脈瘤として扱う。実臨床では、腎動脈下に発生する腎動脈下腹部大動脈瘤が多い。
腹部大動脈瘤症状を理解する際に最も重要なのは、瘤が拡大していても、破裂や周囲組織への圧迫が生じるまでは無症状である例が多い点である。大動脈壁は徐々に拡張するため、患者は痛みや明らかな機能障害を自覚しないまま経過することがある。そのため、健康診断の腹部超音波検査、胆石症・腎疾患・消化器疾患などの精査時に行われるCT、あるいは他疾患のフォローアップ画像で偶発的に発見されることが多い。
病因は単一ではないが、加齢、喫煙歴、高血圧、動脈硬化性変化、家族歴などが関与する。腹部大動脈瘤は男性および高齢者に多い傾向があるものの、女性では比較的小さい瘤径でも破裂リスクを慎重に評価すべき状況がある。症状の有無だけで安全性を判断せず、瘤径、拡大速度、形態、解剖学的条件、併存疾患を統合して評価する必要がある。
腹部大動脈瘤で問題となる症候は、主として瘤の拡大・圧迫による症状、切迫破裂に関連する疼痛、破裂による出血性ショックに分けられる。大動脈瘤による痛みが瘤の部位と一致する場合、血管外への明らかな出血が画像上確認できなくても、切迫破裂として緊急性を伴う状態と判断されることがある。症候性腹部大動脈瘤は、無症候性瘤とは異なる緊急度で専門科と連携する必要がある。2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン


腹部大動脈瘤症状:無症候期から切迫破裂まで

無症候性の腹部大動脈瘤では、患者本人に明確な訴えがない。一部では、臥位や腹部を触れた際に「おなかがドクドクする」「脈打つ塊がある」といった腹部拍動感、あるいは拍動性腫瘤を自覚する場合がある。ただし、腹部大動脈の拍動は痩せた人や高拍出状態でも触知されうるため、拍動を触れるという所見のみで腹部大動脈瘤と断定しない。触診所見はあくまで画像診断につなげる契機として扱う。
瘤径の増大により周囲組織が圧迫されると、腹部不快感、腹部膨満感、鈍い腹痛、腰痛、背部痛などが出現しうる。症状は必ずしも特異的ではなく、消化器疾患、尿路結石、脊椎疾患、筋骨格性疼痛、膵疾患、婦人科疾患などと重なりやすい。特に腹部大動脈瘤の症状は、体動や食事との明瞭な関連に乏しい持続痛として現れることがあり、高齢患者の新規発症の腹痛・腰痛では、大血管疾患を鑑別から安易に外さない姿勢が求められる。
切迫破裂では、瘤壁の不安定化や微小な出血を背景に、腹部、側腹部、腰部、背部、臀部に痛みを訴えることがある。痛みは突然であることもあるが、短時間で消える一過性の疼痛だけに限らない。むしろ、安静にしても続く、徐々に増悪する、これまで経験のない強さで持続する腹痛・腰背部痛は重要な警告徴候である。国立循環器病研究センターも、腹部大動脈瘤の破裂が差し迫った場合には、瞬間的というより持続する強い腹痛や腰痛が出現することがあると説明している。国立循環器病研究センター:大動脈瘤と大動脈解離

病態・段階 主な症状・所見 臨床上の注意点
無症候性腹部大動脈瘤 自覚症状なし、偶発的な画像所見、腹部拍動感 症状がないことは低リスクの保証ではなく、瘤径と拡大速度の定期評価が必要
拡大・圧迫症状 腹部不快感、腹部膨満感、鈍い腹痛、腰痛、背部痛 消化器・泌尿器・整形外科疾患との鑑別を行い、持続痛では画像検査を急ぐ
切迫破裂 新規または増悪する持続性腹痛、腰背部痛、圧痛 血行動態が保たれていても緊急性があり、造影CTと血管外科への早期連絡を検討
破裂性腹部大動脈瘤 激烈な腹痛・腰背部痛、低血圧、失神、冷汗、意識障害 出血性ショックを想定し、救命処置と definitive care への移行を同時進行する

腹部大動脈瘤が大きくなると腹部の拍動性腫瘤として触知されることがあるが、深部に位置する瘤、肥満、腹壁緊張、後腹膜血腫の存在などによって身体診察の感度は限定される。身体所見が陰性であっても、年齢、喫煙、高血圧、既知の腹部大動脈瘤、疼痛の性状、循環動態から臨床的疑いが高い場合には、画像検査を優先する。


破裂性腹部大動脈瘤を疑う危険徴候と初期対応

破裂性腹部大動脈瘤は、後腹膜腔または腹腔内への大量出血により、短時間で致死的な循環虚脱へ進展しうる時間依存性の救急疾患である。典型的には、突然の強い腹痛または腰背部痛、低血圧、拍動性腹部腫瘤の3徴が知られている。しかし、この古典的3徴がすべてそろう症例は限られ、ガイドラインでは約半数とされる。3徴がそろわないことを理由に破裂性腹部大動脈瘤を否定してはならない。
破裂時の疼痛は激烈であることが多いが、高齢者、認知機能低下例、鎮痛薬使用例、失神やショックで意思表示が困難な例では、痛みの表現が非典型的になりうる。冷汗、顔面蒼白、頻脈、四肢冷感、尿量低下、意識レベル低下、失神・前失神、原因不明の循環不全を、腹部・腰背部の症状と組み合わせて評価する。腹膜刺激症状が前景に立つ場合には消化管穿孔や急性腹症として扱われることもあり、鑑別の幅を保つ必要がある。

  • 既知の腹部大動脈瘤がある患者に、新規の腹痛、腰背部痛、失神、血圧低下が出現した場合
  • 高齢者や喫煙歴・高血圧を有する患者に、突然または持続する原因不明の腹部・腰背部痛が出現した場合
  • 腹痛に加えて冷汗、頻脈、意識変容、四肢冷感、乏尿など、出血性ショックを示唆する所見がある場合
  • 腹部拍動性腫瘤を触知する、またはベッドサイド超音波で腹部大動脈拡大を認める場合
  • 一時的に血圧が保たれていても、疼痛増悪やヘモグロビン低下、循環動態の変動を認める場合

初期対応では、気道・呼吸・循環の評価を行いつつ、太径静脈路の確保、採血、血液型判定・交差適合試験、血算、凝固系、腎機能、血液ガス・乳酸測定を進める。破裂が強く疑われる場合は、過度の輸液で血圧を急峻に上昇させることが出血を助長する可能性を考慮し、目標血圧や輸血・輸液戦略は血管外科、麻酔科、救急科を含むチームで迅速に共有する。すでに高度低血圧、意識障害、循環停止切迫の状態であれば、画像検査のために治療開始や転送を不必要に遅延させない。
血管外科や治療可能な高次施設への連絡・転送は、診断確定後ではなく、破裂性腹部大動脈瘤を臨床的に強く疑った時点で開始する。治療法は、解剖学的条件、循環動態、施設体制により、開腹人工血管置換術またはステントグラフト内挿術(EVAR)が検討される。症状を認める腹部大動脈瘤では、疼痛の軽重にかかわらず「瘤由来の痛みか」を評価し、切迫破裂を見逃さないことが最優先である。


診察・画像検査で症状をどう評価するか

腹部大動脈瘤症状の評価では、問診、バイタルサイン、腹部診察、末梢循環評価、ベッドサイド超音波、CTを段階的ではなく並行して活用する。問診では、痛みの発症時刻、突然発症か徐々に増悪したか、部位、放散、持続性、既知の動脈瘤の有無、直近の画像での瘤径、過去の大動脈手術・EVAR歴、喫煙歴、高血圧、冠動脈疾患、腎機能、抗血栓薬使用状況などを確認する。
腹部触診では、拍動性腫瘤、圧痛、筋性防御、腹部膨満を確認する。ただし、強い圧迫を繰り返して瘤の状態を評価しようとすることは避ける。破裂・切迫破裂の疑いがある患者で、腹部触診が陰性または不十分であっても、臨床的な疑いを下げすぎない。末梢動脈拍動、皮膚温、下肢痛、下肢虚血徴候も確認し、腸骨動脈病変、塞栓症、解離などの併存可能性を評価する。
腹部超音波検査は、腹部大動脈の拡張を迅速かつ非侵襲的に確認でき、初期スクリーニングとして有用である。救急外来や病棟でのポイントオブケア超音波では、腹部大動脈径、瘤の有無、腹腔内液体貯留を把握できる可能性がある。一方、超音波だけでは、破裂の有無、後腹膜出血、瘤の詳細な形態、腎動脈・腸骨動脈との解剖学的関係を十分に評価できない場合がある。腹部大動脈瘤が確認され、患者が比較的安定している場合には、造影CTで瘤径、瘤の範囲、壁在血栓、周囲血腫、造影剤漏出、破裂兆候を評価する。
造影CTは、破裂・切迫破裂の評価だけでなく、EVARの適応を含めた治療戦略決定に重要である。腎機能低下や造影剤アレルギーがあっても、生命を脅かす破裂が疑われる場面では、造影リスクと診断・治療遅延のリスクを比較し、緊急性に応じて判断する。日本血管外科学会は、超音波検査を初期検査として有用とし、腹部大動脈瘤が確認された場合にはCTで大きさ、拡大範囲、形状、動脈壁性状、破裂の有無を詳細に評価するとしている。日本血管外科学会:腹部大動脈瘤って?
鑑別診断としては、急性大動脈解離、腎・尿管結石、急性膵炎、消化性潰瘍穿孔、腸間膜虚血、胆嚢炎、憩室炎、消化管出血、脊椎圧迫骨折、腰椎疾患などが挙げられる。腹部大動脈瘤はこれらの疾患と同時に存在する場合もあるため、「腹痛の原因が別に見つかった」ことのみで動脈瘤関連イベントを完全に否定しない。とりわけ既知の腹部大動脈瘤がある患者では、腹痛・腰背部痛の新規出現を瘤関連症状として扱う視点が必要である。


症候性腹部大動脈瘤で医療者が共有すべき対応

腹部大動脈瘤症状への対応では、「無症候性で経過観察中の瘤」と「症候性の瘤」を明確に分けて考える。腹部大動脈瘤が小さくても、瘤の存在部位と一致する新規の腹痛・腰背部痛があり、他疾患で説明しにくい場合には、瘤壁の不安定化、急速拡大、切迫破裂を評価する。瘤径だけでは緊急度を決められず、症状、瘤の形態、拡大速度、画像上の破裂兆候、循環動態を統合することが重要である。
待機的治療を検討する腹部大動脈瘤でも、瘤径が大きい、半年間で急速に増大している、嚢状形態である、または瘤関連症状を有する場合には、血管外科による治療適応の再評価が必要となる。一般的には、無症候性でも45~50mm以上で治療が検討されることがあるが、適応は性別、年齢、併存疾患、解剖学的条件、施設経験、患者の希望を含めた個別判断である。数値だけを独立して患者説明や治療決定に用いるのではなく、「症候性かどうか」が治療時期を左右する重要な因子であることを共有する。
看護師、救急救命士、放射線技師、臨床検査技師、薬剤師を含むチームでは、疼痛の再評価、血圧・脈拍・意識レベル・尿量の経時的変化、採血結果、抗凝固薬・抗血小板薬の内服状況、造影CT実施の可否、手術・EVARに向けた準備状況を共通言語で確認する。患者が「いつもの腰痛」と表現していても、痛みの性状の変化、持続時間、冷汗や失神の有無、既知の瘤のサイズを具体的に聴取し、記録することが診断遅延の防止につながる。
患者・家族への説明では、腹部大動脈瘤は症状がないまま経過することが多い一方で、持続する腹痛・腰背部痛、突然の激痛、冷汗、失神、意識がもうろうとする、血圧低下を伴う状態は、自己判断で自宅安静とせず緊急受診が必要となる可能性を伝える。既知の腹部大動脈瘤がある患者には、定期画像フォローアップを中断しないこと、禁煙と血圧管理を継続すること、予定外の症状が出た場合には受診時に腹部大動脈瘤の既往を必ず申告することを具体的に説明する。
腹部大動脈瘤症状の診療で最も避けるべきなのは、「典型的3徴がない」「腹部腫瘤を触れない」「疼痛が軽い」「血圧が一時的に保たれている」という単独の理由で、破裂または切迫破裂を除外することである。無症候期には確実な経過観察を継続し、症候性となった時点では緊急度を上げ、画像診断・専門科連携・治療可能施設への移送を遅らせない。この連続した判断が、腹部大動脈瘤による救命困難な破裂を防ぐための中心となる。




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