

ベーチェット病は、再発性口腔内アフタ性潰瘍、皮膚症状、眼症状、外陰部潰瘍を主症状とする慢性炎症性疾患である。症候は同時にそろうとは限らず、数年の経過のなかで出現と消退を反復する。そのため、初診時に典型的な四主症状を確認できないことは珍しくない。診断において最も重要なのは、単発の所見だけで断定しないこと、過去の症候を具体的に再構成すること、そして他疾患を系統的に除外することである。厚生労働省の診断基準でも、病名診断に用いる臨床症状や検査所見は、確認可能であれば経過中のいずれの時期のものを用いてよいとされている。したがって、診察室で症状が消失している場合にも、問診、写真、他院紹介状、眼科所見、内視鏡記録などを統合する必要がある。
mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/001173538.pdf)
本症に特異的な単独バイオマーカーや病理所見は確立していない。炎症反応、HLA-B51、針反応、皮膚生検は診断を補強しうるが、いずれも診断の必要条件でも十分条件でもない。臨床では「反復する粘膜皮膚症状を基盤として、特徴的な眼・関節・腸管・血管・神経病変が加わっていないか」「感染症、自己免疫疾患、炎症性腸疾患、薬剤性病変をどこまで除外できたか」という二つの軸で考えると整理しやすい。日本では、病型診断に厚生労働省ベーチェット病診断基準を用い、臓器別評価と連携診療につなげる実務的な考え方が有用である。ベーチェット病診療ガイドライン2020は、皮膚粘膜、眼、関節、腸管、血管、神経などの領域別に診断・治療上の論点を提示している。
minds.jcqhc.or(https://minds.jcqhc.or.jp/summary/c00561/)
ベーチェット病診療ガイドライン2020(Minds)
厚生労働省ベーチェット病診断基準では、主症状を口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍、皮膚症状、眼症状、外陰部潰瘍の四つに分類する。皮膚症状には結節性紅斑様皮疹、皮下の血栓性静脈炎、毛嚢炎様皮疹または痤瘡様皮疹が含まれる。眼症状としては、虹彩毛様体炎、網膜ぶどう膜炎(網脈絡膜炎)が中核であり、既往を示す虹彩後癒着、水晶体上色素沈着、網脈絡膜萎縮、視神経萎縮、併発白内障、続発緑内障なども、経過が確実であれば主症状に準じて扱われる。副症状は、変形や硬直を伴わない関節炎、精巣上体炎、回盲部潰瘍を代表とする消化器病変、血管病変、中等度以上の中枢神経病変である。
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完全型は、経過中に四つの主症状すべてが出現した場合である。不全型は、主症状三項目、または主症状二項目と副症状二項目を認める場合のほか、定型的眼症状に加えて他の主症状一項目または副症状二項目を認める場合に分類される。主症状の一部のみで不全型の条件を満たさない場合、あるいは定型的副症状が反復・増悪する場合は「疑い」として扱う。疑い例を安易に確定診断へ進めない一方、経時的な症候の追加を見逃さないフォロー設計が必要である。特に、口腔アフタのみが長期間先行する例では、症状の頻度、持続期間、部位、治癒後の瘢痕、外陰部潰瘍や皮疹との時間的関係を具体的に記録する。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 主症状1 | 口腔粘膜の再発性アフタ性潰瘍 | 初発症状となることが多く、反復性を確認する |
| 主症状2 | 結節性紅斑様皮疹、血栓性静脈炎、毛嚢炎様・痤瘡様皮疹 | 皮膚症状の複数型は、まとめて一主症状として扱う |
| 主症状3 | 虹彩毛様体炎、網膜ぶどう膜炎など | 視機能に関わるため、眼科による緊急評価を要する |
| 主症状4 | 外陰部潰瘍 | 単純ヘルペス、梅毒、Lipschütz潰瘍などを鑑別する |
| 副症状 | 関節炎、精巣上体炎、消化器・血管・中枢神経病変 | 特殊病型や重症臓器病変の評価につながる |
| 完全型 | 経過中に四主症状すべてが出現 | 同時出現は必要とされない |
| 不全型 | 主症状三項目、または主症状二項目と副症状二項目など | 定型的眼症状を軸にした判定経路もある |
腸管型、血管型、神経型は、完全型または不全型の基準を満たしたうえで、所定の臓器病変を確認した場合に特殊型として分類される。腸管型では内視鏡で病変部位を確認し、血管型では動脈瘤、動脈閉塞、深部静脈血栓症、肺塞栓の確認が求められる。神経型では、髄膜炎や脳幹脳炎などを示す急性型、または体幹失調や精神症状が緩徐に進行する慢性進行型を確認する。診断名の確定にこだわって臓器評価を遅らせないことが重要であり、疑い例でも赤旗症候があれば迅速に専門科へ連携する。
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問診は「口内炎がありますか」という一問では不十分である。口腔アフタについては、初発年齢、年間頻度、発症間隔、口唇・頬粘膜・舌・歯肉・口蓋などの部位、疼痛、治癒日数、瘢痕の有無、発熱や皮疹との前後関係を確認する。外陰部潰瘍では、部位、疼痛、水疱の前駆、再発、瘢痕、性感染症リスク、月経周期との関連を聴取する。皮膚病変は、下腿の有痛性結節、索状の皮下硬結、同型の丘疹・膿疱の反復、針刺し・採血・外傷後の過剰な発赤や膿疱形成の有無を確認する。症候が出現した際のスマートフォン写真は、診断上の補助情報として有用になりうる。
眼症状は、視力低下、飛蚊症、霧視、充血、眼痛、羞明、視野異常を具体的に確認する。網膜ぶどう膜炎は視力予後を左右しうるため、これらの症状があれば、診断未確定であっても眼科へ緊急紹介する。消化器症状では、腹痛、下痢、下血、発熱、体重減少を聴取し、回盲部病変を念頭に消化器内視鏡や画像評価を検討する。神経症状としての持続する頭痛、発熱、意識変容、複視、構音障害、歩行障害、片麻痺、認知・人格変化は、神経型ベーチェット病だけでなく感染性髄膜脳炎や脳血管障害も含めた緊急評価を要する。
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診察では、口腔内を観察し、治癒後であれば病変の写真や既往を補完する。下腿、体幹、顔面、外陰部の皮疹・潰瘍を確認し、必要に応じて皮膚科・婦人科・泌尿器科と協働する。関節炎は通常、非びらん性かつ非変形性で、膝、足、手関節などに非対称性に生じることが多いが、診断時には関節リウマチ、結晶誘発性関節炎、感染性関節炎などを除外する。症候の記録には、発症日、持続日数、客観所見、CRPなどの炎症所見、治療内容、反応性を並列して残すと、後の病型判定と治療選択に役立つ。
ベーチェット病の検査は、疾患活動性の把握、臓器病変の評価、鑑別診断の三つの目的で組み立てる。血液検査では、CRP、赤沈、末梢血白血球数、補体価の上昇が活動性の参考になるが、非特異的である。抗核抗体などの自己抗体は通常陰性であり、著しい高γグロブリン血症や自己抗体陽性が目立つ場合には、全身性エリテマトーデスなど他の膠原病を優先して再評価する。炎症反応が一貫してまったく認められない場合は、ベーチェット病としては慎重な判断が必要である。
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HLA-B51は日本人患者で陽性が多いことが知られるが、陽性であっても疾患特異的ではなく、陰性でも否定できない。厚生労働省基準上も参考所見であり、スクリーニング検査や確定検査として単独使用しない。針反応は、皮膚の被刺激性亢進を評価する補助検査である。20~22G程度の比較的太い針を用いる方法が示されているが、実施法、判定時期、陽性率には施設や集団差があり、陰性をもって除外はできない。皮膚病変がある場合の生検では、結節性紅斑様皮疹における中隔性脂肪織炎や血管炎を示唆する所見が得られることがあるが、病理単独で診断するものではない。
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臓器病変が疑われる場合は、専門科紹介を検査依頼ではなく共同診療の開始として位置付ける。眼科には、発症日時、視覚症状、これまでの眼発作、治療歴、他のベーチェット病関連症候を明示する。消化器内科には、腹部症状に加え、口腔・外陰部潰瘍や皮膚症状の反復歴を共有し、腸管型ベーチェット病、クローン病、感染性腸炎、NSAIDs潰瘍、腸結核などを念頭に内視鏡・生検・画像評価を依頼する。血管病変では、静脈エコー、造影CT、MRI、必要時のFDG-PETなどを病態に応じて選択する。神経症状では、頭部MRIおよび髄液細胞数、蛋白、IL-6などが参考となる。
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厚生労働省 ベーチェット病の診断基準・重症度分類
ベーチェット病の診断で最も避けるべきなのは、反復性口内炎や痤瘡様皮疹だけを根拠として早期に診断を固定することである。口腔アフタは慢性再発性アフタ症、単純ヘルペスウイルス感染症、炎症性腸疾患、栄養障害、薬剤性病変などでもみられる。外陰部潰瘍では単純ヘルペス、梅毒、Lipschütz潰瘍、炎症性疾患を考慮し、臨床像に応じて病原体検査、血清学的検査、婦人科・泌尿器科評価を行う。結節性紅斑様皮疹では、感染後反応、サルコイドーシス、Sweet病、結節性紅斑、血栓性静脈炎などとの鑑別が必要であり、皮膚生検の適応を検討する。
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ぶどう膜炎の鑑別は特に重要である。サルコイドーシス、HLA-B27関連ぶどう膜炎、感染性眼内炎、結核、梅毒、トキソプラズマ症、ヘルペス性虹彩炎、HTLV-1関連ぶどう膜炎、悪性腫瘍に伴う仮面症候群などが候補となる。眼科所見による病変部位、前房・硝子体所見、網膜血管炎の有無、画像所見、感染症評価を踏まえ、全身炎症疾患としてのベーチェット病との整合性を判断する。眼病変の鑑別を不十分にしたまま免疫抑制療法を開始すれば、感染症を悪化させる危険がある。
消化器症状では、腸管型ベーチェット病とクローン病の鑑別が臨床上の大きな課題となる。回盲部の典型的な深い潰瘍は重要な手掛かりとなるが、内視鏡形態のみで断定せず、病歴、全身症候、病理、感染症評価、薬剤歴を統合する。血栓症を認めた場合も、抗リン脂質抗体症候群、悪性腫瘍、遺伝性血栓性素因、感染症、他の血管炎を検討する。ベーチェット病関連の血栓は血管壁炎症が背景にあるため、画像による動脈瘤、特に肺動脈病変の検索を行わずに抗凝固療法の可否だけを判断しない姿勢が重要である。
ryumachi.umin(https://ryumachi.umin.jp/clinical_case/Behcet.html)
医療従事者向けの実務上の要点は、診断基準をチェックリストとして使いつつ、それを機械的な確定ルールと誤解しないことである。症状は経時的に変化し、感染症や他の免疫介在性疾患が併存することもある。症候の写真、眼科画像、内視鏡所見、病理結果、炎症反応の推移を一元的に整理し、重要臓器病変の見逃しを防ぐ。とりわけ視覚症状、神経症状、消化管出血・急性腹症、血管イベントを伴う患者では、診断確定を待たずに該当専門科へ連携し、不可逆的な臓器障害や生命予後に関わる病変を優先して評価することが、ベーチェット病の診断における最重要の臨床判断となる。 mhlw.go(https://www.mhlw.go.jp/content/10905000/001173538.pdf)