

ロコモティブシンドローム(locomotive syndrome:ロコモ、運動器症候群)とは、運動器の障害によって、立つ、歩く、座る、階段を昇降するなど、日常生活に不可欠な移動機能が低下した状態です。運動器には骨、関節、軟骨、椎間板、筋肉、腱、靱帯に加え、身体運動を制御する脊髄や末梢神経などが関与します。したがってロコモは、単に「脚力が落ちた」「高齢で歩く速度が遅くなった」という現象ではなく、複数の運動器要素の機能低下と生活機能への影響を包括的に捉える概念です。
日本整形外科学会は、運動器の障害のために立ったり歩いたりする身体能力、すなわち移動機能が低下した状態をロコモと定義しています。ロコモが進行すると、外出、買い物、家事、就労、地域活動などへの参加が制限され、将来的に介護を必要とするリスクが上昇します。住民調査を基にした推計では、ロコモ度1以上に該当する人は4,590万人とされており、高齢者のみならず中年期からの予防と早期発見が重要です。日本整形外科学会「ロコモティブシンドローム(ロコモ)」
joa.or(https://www.joa.or.jp/public/locomo/index.html)
臨床現場では、「年齢のせい」として歩行能力低下や慢性疼痛を見過ごさない視点が求められます。とくに、膝痛や腰痛を理由に活動量が低下し、筋力低下、バランス能力低下、転倒、骨折、さらなる不活動へと至る悪循環は、ロコモの進行を考えるうえで重要です。ロコモは疾患名そのものではなく、運動器疾患や加齢変化の結果として現れる移動機能低下の状態像であるため、原因疾患の評価と生活機能の評価を並行して行う必要があります。
ロコモの背景には、加齢に伴う筋量・筋力の低下、関節可動域の制限、平衡機能の低下、視覚や神経系の問題、慢性疼痛、低栄養、運動習慣の不足などが重なります。さらに、肥満は膝・股関節・脊椎への機械的負荷を増やし、やせや低栄養は筋肉量・骨量の低下を通じて移動機能を損ない得ます。したがって、体重のみを単一の目標にするのではなく、栄養状態、身体活動量、疼痛、既往歴、服薬、転倒歴を総合的に把握することが大切です。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 変形性関節症 | 膝や股関節の疼痛、可動域制限、荷重時痛により歩行・立ち座りが困難になる | 変形性膝関節症は活動量低下と下肢筋力低下の悪循環を生みやすい |
| 骨粗鬆症 | 脆弱性骨折の発生や椎体変形を介して姿勢・歩行・疼痛に影響する | 骨折予防と転倒予防を一体で評価する |
| 脊椎疾患 | 腰部脊柱管狭窄症、変形性脊椎症などで下肢痛、しびれ、間欠性跛行が生じる | 神経症状や膀胱直腸障害の有無を確認する |
| サルコペニア | 筋肉量、筋力、身体機能の低下が移動能力を直接的に低下させる | ロコモと重なり得るが、評価対象と概念は同一ではない |
| 神経・平衡機能障害 | パーキンソニズム、末梢神経障害、前庭機能障害などが歩行不安定性に関与する | 転倒リスクと歩行補助具の適応を検討する |
ロコモとフレイル、サルコペニアはしばしば混同されますが、焦点が異なります。ロコモは運動器障害に起因する移動機能低下を中心に捉える概念です。サルコペニアは筋肉量、筋力、身体機能の低下に着目する診断概念であり、フレイルは身体面だけでなく、心理・認知面、社会的側面を含む高齢者の脆弱性を扱います。実臨床では三者が重複することも多く、ロコモの評価を入口として、栄養、認知、抑うつ、社会的孤立、転倒不安などを含めた包括的支援へ展開する視点が有用です。
ロコモ度テストは、移動機能の状態を評価するための三つの評価で構成されます。具体的には、下肢筋力を評価する立ち上がりテスト、歩幅から歩行能力をみる2ステップテスト、疼痛や日常生活の困難さを25項目で確認するロコモ25です。三つのうち一つでも基準に該当すればロコモと判定し、複数の結果が異なる場合は、最も進行した段階をその人のロコモ度とします。ロコモONLINE「ロコモ度判定方法」
locomo-joa(https://locomo-joa.jp/check/judge)
立ち上がりテストでは、10cm、20cm、30cm、40cmの高さの台から、両脚または片脚で反動を使わずに立ち上がり、3秒間姿勢を保持できるかを確認します。片脚で40cmから立ち上がれないが両脚で20cmから立ち上がれる場合はロコモ度1、両脚で20cmから立ち上がれないが30cmから立ち上がれる場合はロコモ度2、両脚で30cmから立ち上がれない場合はロコモ度3に該当します。実施時には、転倒防止のため周囲を整理し、被験者のそばで介助可能な体制を整えます。
2ステップテストでは、両足のつま先を開始線にそろえ、可能な限り大股で2歩進み、両足をそろえた地点までの距離を測定します。2回測定して良好な値を採用し、「2歩幅(cm)÷身長(cm)」で2ステップ値を算出します。2ステップ値が1.1以上1.3未満ならロコモ度1、0.9以上1.1未満ならロコモ度2、0.9未満ならロコモ度3です。歩幅は下肢筋力だけでなく、バランス能力、柔軟性、疼痛、歩行への恐怖感などを反映するため、数値だけでなく歩容やふらつきも観察します。ロコモONLINE「2ステップテスト」
locomo-joa(https://locomo-joa.jp/check/test/two-step)
ただし、ロコモ度テストは診断確定のためだけの検査ではありません。結果を患者に分かりやすく返し、「どの動作が困難か」「何が背景にあるか」「安全に変えられる生活行動は何か」を共有するためのコミュニケーションツールとして活用することが重要です。疼痛を我慢して無理に測定を完遂させることは避け、急性疼痛、明らかな歩行不安定、循環器症状、強いめまいなどがある場合は実施を中止し、医学的評価を優先します。
ロコモの早期発見では、数値評価に先立って、日常生活での変化を具体的に聴取します。「横断歩道を青信号の間に渡り切れるか」「手すりなしで階段を上がれるか」「片脚立ちで靴下を履けるか」「家の中でつまずくことが増えたか」「買い物や外出の頻度が減ったか」といった質問は、患者が移動機能の低下を自覚する手がかりになります。本人が症状を加齢の当然の変化として捉え、相談を控えることも多いため、健診、慢性疾患の定期受診、服薬指導、訪問看護、通所サービスなどの接点で積極的に確認する価値があります。
評価時には、疼痛の部位・程度・誘因、しびれや筋力低下、歩行距離、転倒回数、骨折歴、杖や歩行器の使用状況、靴の状態、住環境、栄養摂取、体重変化、睡眠、抑うつ傾向などを確認します。とくに急速な筋力低下、進行するしびれ、安静時痛、夜間痛、発熱、原因不明の体重減少、排尿・排便障害、繰り返す転倒などは、単純な加齢変化とみなさず、速やかに医師へ情報共有し、必要に応じて整形外科や神経内科などにつなげるべき所見です。
ロコモ度2または3、あるいは日常生活を妨げる関節痛・腰痛・下肢症状がある人では、運動指導だけで完結させないことが重要です。変形性関節症、骨粗鬆症、脊椎疾患、骨折後遺症、神経疾患などの評価と治療が必要な場合があります。日本整形外科学会は、ロコモ度2では痛みを伴う場合に運動器疾患の可能性を考慮して整形外科専門医への受診を推奨し、ロコモ度3では治療が必要な疾患が存在する可能性を踏まえて診療を推奨しています。
locomo-joa(https://locomo-joa.jp/check/judge)
ロコモ予防・進行抑制の基本は、個々の身体機能と疾患の状態に合わせ、継続可能な身体活動を日常生活に組み込むことです。代表的なロコトレには、片脚立ちによるバランス練習と、スクワットによる下肢筋力練習があります。スクワットでは、動作中に息を止めず、膝を深く曲げすぎないようにし、支えが必要な場合には机などにつかまって安全を確保します。厚生労働省のロコモ予防情報では、スクワットは5~6回を1セットとして1日3セットが例示され、困難な人には椅子からの立ち座り動作が代替として示されています。
kennet.mhlw.go(https://kennet.mhlw.go.jp/slp/event/locomo/index.html)
ただし、運動処方は画一化できません。変形性膝関節症で荷重時痛が強い人、脊柱管狭窄症で歩行時の下肢痛がある人、重度の骨粗鬆症や新鮮骨折後の人、転倒リスクが高い人に対しては、運動強度・種目・環境を個別に調整します。医療従事者は「頑張って痛みを我慢する」ことを推奨せず、疼痛増悪、強い疲労、めまい、胸部症状、転倒不安が出現した際の中止基準をあらかじめ共有することが大切です。
栄養面では、極端な食事制限や低栄養を避け、たんぱく質、カルシウムを含む食品を意識しつつ、全体としてバランスのよい食事を支援します。やせは筋肉と骨の脆弱化につながり得る一方、肥満は膝や腰への負担を増やします。体重だけで評価せず、食欲、咀嚼・嚥下機能、歯科的問題、独居による食事内容の偏り、経済的背景、慢性疾患による食事制限も確認し、多職種で支援を検討します。
患者への説明では、「ロコモは高齢者だけの問題ではなく、移動機能を保つための早期対策が重要であること」「運動器の病気を見逃さず、治療と運動・栄養・転倒予防を組み合わせること」を明確に伝えます。散歩、買い物での歩行、階段利用、家事などの活動も、体力と安全性に応じて身体活動を増やす選択肢になります。移動機能は生活の自立や社会参加を支える基盤であり、ロコモへの支援は単なる筋力トレーニングではなく、その人が望む暮らしを継続するための医療・ケアの一部として位置付けることが重要です。 joa.or(https://www.joa.or.jp/public/locomo/index.html)