

耳閉感とは、「耳が詰まった感じ」「耳に膜が張った感じ」「耳の奥が圧迫される感じ」「水や異物が入ったような感じ」などと表現される主観的な症状である。医学的には耳閉塞感、耳充満感、aural fullnessと呼ばれることもあるが、単一の疾患を指す診断名ではない。患者が「聞こえにくい」と明確に自覚していなくても、耳閉感は中耳、内耳、外耳道、耳管、鼻咽腔、さらには顎関節や精神心理的要因まで、複数の病態で生じうる。
一方で、耳閉感を「耳垢栓塞や鼻炎による一過性の耳詰まり」と早合点することは危険である。特に急性感音難聴では耳閉塞感が主要な自覚症状となり、耳鳴、難聴、自声強聴などを伴うことがある。患者が「耳が詰まっただけ」と表現していても、片側性・急性発症・聴覚の左右差・音の歪みといった情報を丁寧に拾い、内耳性疾患を見逃さない姿勢が求められる。急性感音難聴診療の手引き2018年版
耳閉感の鑑別では、まず外耳・中耳に由来する伝音性の病態と、内耳・後迷路に由来する感音性の病態を大別する。さらに発症様式、片側性または両側性、上気道症状、疼痛、耳漏、耳鳴、めまい、自己音声聴取の増強、自声強聴、体位による変動などを組み合わせると、鑑別の優先順位を整理しやすい。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 耳垢栓塞・外耳道異物 | 耳鏡で外耳道の閉塞性病変を確認する | 伝音難聴を伴いうるが、除去後も症状が残る場合は再評価する |
| 急性中耳炎・滲出性中耳炎 | 鼓膜発赤、膨隆、貯留液、可動性低下、鼓室陰圧などを確認する | 小児だけでなく成人の片側性中耳貯留液では鼻咽腔評価を考慮する |
| 閉塞性耳管機能障害 | 耳閉感と、鼓膜陥凹または陰圧型ティンパノグラムを組み合わせて判断する | 感冒、アレルギー性鼻炎、気圧変化などとの関連を確認する |
| 耳管開放症 | 自声強聴、呼吸音聴取、体位での変動、鼓膜の呼吸性動揺を確認する | 鼻すすりによる症状修飾や体重減少、脱水などの背景も問診する |
| 急性低音障害型感音難聴 | 低音域優位の感音難聴、耳閉感、低音性耳鳴などを評価する | 初期にはオージオグラムが明瞭な異常を示さないこともあり、再検が重要となる |
| 突発性難聴など急性感音難聴 | 急性または突発性の片側聴力低下、耳鳴、耳閉感、めまいの有無を確認する | 治療開始の遅れが予後に影響しうるため、早期の耳鼻咽喉科評価が必要である |
| メニエール病・内リンパ水腫 | 反復する回転性めまい、変動する難聴、耳鳴、耳閉感を確認する | めまい発作と聴覚症状の時間的関係を記録する |
| 顎関節症・咀嚼筋関連痛 | 開口時痛、咀嚼時痛、顎関節雑音、耳周囲の関連痛を評価する | 耳所見・聴力検査が正常でも耳閉感として訴えられることがある |
診療の入口では、発症時刻と時間経過を具体化する。「いつから」だけでなく、「最後に正常だったのはいつか」「突然か、数時間から数日かけて進行したか」「片側か両側か」「症状が変動するか」を確認する。飛行機搭乗、潜水、上気道感染、アレルギー症状、音響曝露、頭部外傷、耳処置、ダイビング、鼻すすり習慣などの誘因も重要である。
耳鏡または耳用内視鏡では、外耳道閉塞、耳垢、異物、外耳炎、鼓膜穿孔、鼓膜発赤、膨隆、貯留液、気泡、陥凹、石灰化、真珠腫を疑う所見を確認する。ただし、耳鏡所見がほぼ正常だからといって、内耳性の原因を否定することはできない。患者が明確な難聴を訴えない場合でも、耳閉感が急性・片側性であれば聴力評価の必要性を考える。
基本検査としては、純音聴力検査、ティンパノメトリー、必要に応じて語音聴力検査、耳音響放射、平衡機能検査、耳管機能検査を組み合わせる。純音聴力検査では気骨導差の有無により伝音性・感音性・混合性難聴を整理し、低音域優位の障害、左右差、周波数別の変動を確認する。ティンパノメトリーは中耳貯留液、鼓膜可動性低下、中耳陰圧を評価する上で有用であり、耳管機能障害の客観的評価に役立つ。
耳閉感はありふれた訴えである一方、時間依存性のある急性感音難聴が潜むことがある。急性または突発性に出現した片側耳閉感に、難聴、耳鳴、音の響きや歪み、聴覚の左右差、めまいを伴う場合は、耳垢や鼻炎だけと決め付けず、当日から早期の耳鼻咽喉科評価を手配する。急性感音難聴の対象には突発性難聴、急性低音障害型感音難聴、外リンパ瘻、ムンプス難聴、音響外傷などが含まれ、耳閉塞感は代表的な自覚症状の一つである。急性感音難聴診療の手引き2018年版
緊急度を高く考える所見は、急速に進行する片側難聴、強い回転性めまいと聴覚症状の併発、神経学的異常、頭部外傷後の聴力低下、ダイビング後または圧外傷後に持続する耳痛・難聴、耳出血や髄液漏を疑う耳漏、重症感染を示唆する高熱・著明な耳痛などである。特に顔面麻痺、複視、構音障害、四肢脱力、著しい歩行障害を伴う場合は、耳疾患のみならず脳幹・小脳など中枢性病変を鑑別し、救急対応を含めた適切な診療経路を選択する。
耳閉感への対応は、症状を一律に軽減することではなく、原因病態に応じて治療方針を決めることが基本となる。耳垢栓塞や外耳道異物では安全な除去、外耳炎では病態に応じた局所治療、急性中耳炎や滲出性中耳炎では炎症・貯留液・背景となる鼻副鼻腔疾患の評価を行う。閉塞性耳管機能障害が疑われる場合は、鼻炎や上気道炎、気圧変化との関係を評価し、過度な耳抜きや自己流の強いバルサルバ法を反復しないよう患者へ説明する。
耳管機能障害に対する薬物治療は、原因や病態を区別せずに画一的に行うべきではない。成人の耳管機能障害に対する内科的治療のレビューでは、慢性症状に対する鼻噴霧ステロイドの有効性を支持する強いエビデンスは乏しく、非外科的治療の効果には不確実性が残ると報告されている。そのため、鼻炎など併存疾患への治療と、耳所見・聴力・症状経過に基づく再評価を中心に置くことが重要である。Medical Management for Eustachian Tube Dysfunction in Adults
急性感音難聴が疑われる患者には、「耳が詰まっただけでも、内耳の聴力低下が隠れることがある」「耳鏡で異常が目立たない場合でも聴力検査が必要になる」「治療の判断を早めるため、自己判断で数日から数週間様子を見るのは避ける」と具体的に説明する。急性の難聴では早期の専門医評価が重要であり、突発性難聴では発症から時間が経過すると聴力が固定化する可能性があるため、速やかな対応が推奨される。難聴診療ガイドライン解説
耳閉感の診療では、患者の「詰まった感じ」という言葉を軽視せず、発症様式、随伴症状、耳鏡所見、聴力検査、中耳機能検査を一貫して結び付けることが重要である。軽快する一過性の耳管換気不良から、早期治療を要する急性感音難聴まで幅が広いため、症候を病名へ短絡させず、危険な病態を先に除外する臨床推論が求められる。