

「人工透析は日本だけ多い」「日本だけが人工透析を延命目的で続けている」といった言説は、患者・家族だけでなく医療従事者が受ける質問としても少なくありません。結論からいえば、人工透析は日本だけで行われている治療ではありません。血液透析、腹膜透析、腎移植、保存的腎臓療法を含む腎代替療法は、末期腎不全に対する世界共通の医療です。
ただし、日本は人口当たりの維持透析患者数が世界でも高い国の一つです。日本透析医学会の2021年末の統計では、慢性透析患者数は34万9,700人、人口100万人当たりでは2,786.4人であり、国民約359人に1人が透析を受けている計算になります。同統計は、米国腎臓データシステムの国際比較において、日本の透析患者有病率は台湾に次いで世界第2位と記しています。
docs.jsdt.or(https://docs.jsdt.or.jp/overview/file/2021/pdf/01.pdf)
したがって、この検索語に対する正確な答えは、「日本だけではないが、日本は人口比でみた透析患者数が非常に多く、しかも施設通院型の血液浄化療法が中心となっている国である」です。単純に患者数の多寡だけを比較すると、人口規模が大きい国との比較で誤解が生まれます。医療者は、人口100万人当たりの有病率、導入率、腎移植の比率、在宅透析の比率、透析に到達できる患者の割合を分けて説明する必要があります。
なお、「人工透析」という語は一般に血液透析を指して使われることが多い一方、臨床的には腹膜透析も透析療法に含まれます。患者説明では、人工腎臓を用いる血液透析と、腹膜を透析膜として用いる腹膜透析を区別し、腎移植や保存的腎臓療法も含めた選択肢として位置付けることが重要です。
特に注意すべきなのは、透析患者の登録数が高いことを、その国で腎不全が必ずしも多いことだけの指標とみなせない点です。透析を必要とする患者が治療へ到達できるか、治療開始後にどれだけ長く生存するかによって、有病患者数は大きく変動します。治療アクセスが乏しい国では、必要な患者が治療を受けられないまま死亡するため、登録される透析患者数が低くみえる可能性があります。
| 比較項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 日本の慢性透析患者数 | 2021年末で34万9,700人 | 施設調査に基づく集計 |
| 日本の人口当たり有病率 | 人口100万人当たり2,786.4人 | 国民約359人に1人 |
| 日本の国際的位置 | 透析患者有病率は台湾に次ぐ上位水準 | 統計年・集計法で順位は変動し得る |
| 世界の治療格差 | 低所得国では腎代替療法への到達が限られる | 低い登録数が低い疾病負荷を意味しない |
| 比較時の注意点 | 有病率、導入率、移植率、治療アクセスを分ける | 単純な患者数比較は不十分 |
日本の透析患者数が人口比で高い理由を、一つの要因だけで説明することはできません。第一に、国民皆保険を基盤として、透析導入後も比較的継続して治療を受けやすい制度があります。外来血液透析には月額約40万円程度、腹膜透析には月額30万〜50万円程度の医療費が必要とされますが、特定疾病に関する高額療養費の特例などにより、原則として患者自己負担は月額1万円、一定以上の所得がある場合は2万円が上限とされます。さらに自立支援医療や自治体の助成が関わる場合もあります。
zjk.or(https://www.zjk.or.jp/kidney-disease/expense/dialysis/)
第二に、透析施設への物理的アクセスと、施設内血液透析を支える医療提供体制です。日本透析医学会の2021年統計では、全国4,508施設が調査対象となり、透析コンソールは14万5,821台、最大収容能力は47万5,335人とされています。 通院可能な地域に透析施設が存在し、週3回の外来血液透析を継続できる基盤が、治療の継続性に寄与します。
docs.jsdt.or(https://docs.jsdt.or.jp/overview/file/2021/pdf/01.pdf)
日本に特徴的なのは、透析を受ける患者が多いことだけではありません。治療モダリティの構成が、施設通院で行う血液透析および血液透析濾過に大きく偏っていることです。2021年末の日本では、血液透析が45.9%、血液透析濾過が50.5%であり、両者を合わせると96%超を占めます。腹膜透析は、血液透析との併用を含めて3.0%、在宅血液透析は0.2%でした。
docs.jsdt.or(https://docs.jsdt.or.jp/overview/file/2021/pdf/01.pdf)
この構造は、患者の価値観、住環境、家族・介護体制、職業、自己管理への支援、医療機関の教育体制、報酬制度、地域の施設配置などの影響を受けます。腹膜透析や在宅血液透析は、全患者に適するわけではなく、腹膜機能、腹部手術歴、感染リスク、手技の習得、介助者の有無、住宅環境、緊急時の支援体制を個別に評価して選択する必要があります。
医療従事者が「日本では透析が多い」という問いを受けたとき、通院血液透析だけを当然の前提にしないことが重要です。保存的腎臓療法、腹膜透析、在宅血液透析、腎移植を含め、患者にとって実行可能な選択肢を早期から共有する意思決定が求められます。選択肢の提示は、特定の治療へ誘導するためではなく、患者が生活と治療の両立を検討できる状態をつくるための基盤です。
「日本だけ透析が多いなら、透析を避けるべきではないか」「海外なら移植が普通なのではないか」といった質問の背後には、治療負担、予後、費用、仕事、家族への影響、延命に対する価値観への不安があります。誤情報をただ訂正するのではなく、質問が示す意思決定上の懸念を丁寧に拾う姿勢が必要です。
説明の第一歩は、透析が腎不全で低下した排泄・体液管理・電解質調整などの機能の一部を代替する治療であり、日本だけの特殊な医療ではないことを伝えることです。そのうえで、日本では治療へのアクセスが比較的確保され、長期に治療を継続する患者が多いため、透析患者の人口比が高く見えると説明します。これは「不要な透析が多い」と直結する事実ではなく、治療必要性、導入時期、保存的腎臓療法の適応、患者本人の希望を個別に評価すべき問題です。
透析導入の判断では、推算糸球体濾過量だけで機械的に決めるのではなく、尿毒症症状、体液過剰、高カリウム血症、酸塩基平衡異常、栄養状態、日常生活機能、認知機能、併存疾患、フレイル、患者の治療目標を総合して検討します。高齢者や重い併存疾患をもつ患者では、透析を行うことの利益と負担を、保存的腎臓療法を含めて対話することが必要です。
また、制度面の説明では、費用負担が軽減される仕組みがある一方、通院時間、穿刺、食事・水分管理、シャント管理、治療後の疲労感、就労や介護との調整といった生活上の負担が残ることも率直に共有します。経済的理由だけで治療選択を諦める事態を避けるため、特定疾病療養受療証、自立支援医療、障害者医療費助成などについて、医療ソーシャルワーカーと連携して早期に案内することが重要です。
zjk.or(https://www.zjk.or.jp/kidney-disease/expense/dialysis/)
「人工透析は日本だけ」という言葉は、統計の一部を切り取った理解から生じやすい表現です。医療者には、日本が世界有数の透析患者有病率を持つ事実を正確に認めながら、世界的には治療格差が大きく、透析の多さは医療アクセスや生存期間も反映すること、そして個々の患者にとっての最善の腎不全医療は一律ではないことを、根拠と共に伝える役割があります。