

イレウスとは、腸管内腔が物理的に閉塞していないにもかかわらず、腸蠕動または腸管運動が低下・消失し、腸内容物や腸管ガスの輸送が停滞する病態である。現在の急性腹症診療における用語整理では、機械的閉塞を伴わない腸管運動の欠如に起因する病態を「イレウス」、癒着、腫瘍、ヘルニア、異物、糞石、捻転などにより腸管が物理的に閉塞する病態を「腸閉塞症」として区別する考え方が推奨されている。国内では長く「イレウス」が腸閉塞全般を含む慣用語として用いられてきたため、診療録、紹介状、説明文書、カンファレンスでは、機能性か機械性かを明示することが安全な情報共有につながる。
ただし、実臨床では患者が腹痛、悪心、嘔吐、腹部膨満、排ガス停止、排便停止を呈した段階で、イレウスと腸閉塞症を即座に完全に分けられるとは限らない。両者では腸管拡張、体液のthird spaceへの移行、電解質異常、誤嚥リスクなど共通する臨床問題が起こり得る。そのため初期対応では、用語の議論だけにとどまらず、循環動態の安定化、腸管虚血・壊死・穿孔を伴う絞扼性腸閉塞の除外、原因検索、外科への早期相談を並行して実施する必要がある。急性腹症診療ガイドラインでは、腸管の機械的閉塞を伴う病態を腸閉塞症、腸蠕動または腸運動の欠如に起因する病態をイレウスと定義している。
参考)「急性腹症診療ガイドライン2025」、ポイント学習動画など新…
急性腹症診療ガイドライン改訂に関する資料
機能性イレウスでは、腸管平滑筋、腸管神経系、自律神経系、炎症性メディエーター、代謝・電解質環境などが複合して腸管運動を抑制する。腸蠕動の低下により腸管内に消化液やガスが貯留すると、腸管壁は伸展し、悪心、腹部膨満、腹部不快感、嘔吐が増悪する。さらに嘔吐、胃管排液、腸管内液体貯留が重なると、脱水、低クロール血症、低カリウム血症、腎前性腎障害を生じ得る。低カリウム血症や低マグネシウム血症は腸管運動低下を助長し得るため、原因であると同時に結果でもある点を理解する必要がある。
典型的な原因は腹部手術後であり、とくに腸管操作を伴う手術後に生じやすい。術後疼痛、炎症反応、交感神経刺激、オピオイド鎮痛薬、安静、摂食再開のタイミング、輸液・電解質管理などが回復遅延に関与する。一方で、腹腔内感染、腹膜炎、敗血症、膵炎、外傷、心筋梗塞、肺炎などの全身性侵襲でも腸管麻痺は起こり得る。薬剤性ではオピオイド、抗コリン作用をもつ薬剤、三環系抗うつ薬、一部の抗精神病薬、抗パーキンソン病薬、カルシウム拮抗薬などについて、患者の処方内容と投与変更歴を確認する。特に高齢者や多剤併用患者では、便秘、尿閉、せん妄などの抗コリン性有害事象と併せて評価する。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 術後イレウス | 腹部手術後の腸管運動低下・停止 | 腸管操作、オピオイド、炎症、臥床などが関与する |
| 炎症・感染関連 | 腹膜炎、膵炎、敗血症、肺炎などに伴う腸管麻痺 | 原疾患の制御と循環・感染管理を並行する |
| 代謝・電解質異常 | 低カリウム血症、低マグネシウム血症、重症代謝異常 | 補正だけでなく原因・再発因子を確認する |
| 薬剤性 | オピオイド、抗コリン薬などによる運動抑制 | 中止・減量・代替薬の可否を処方者と検討する |
| 機械的腸閉塞症 | 癒着、腫瘍、嵌頓ヘルニア、捻転などの物理的閉塞 | イレウスと混同せず、絞扼・虚血を優先して除外する |
イレウスでみられる症状には、腹部膨満、悪心、嘔吐、食事摂取不良、腹部不快感、腹痛、排ガス・排便の減少などがある。機械的腸閉塞症では、部位や閉塞の程度によって疝痛性腹痛、嘔吐、便・ガスの停止が目立つことがあるが、症候だけで機能性と機械性を確実に鑑別することはできない。特に高齢者、認知機能低下例、鎮痛薬・鎮静薬使用例、重症患者では、強い腹痛の訴えが乏しいまま虚血や穿孔が進行する場合があり、バイタルサイン、腹部診察、尿量、検査値、画像所見を統合して判断する。
身体診察では腹部膨隆、圧痛、反跳痛、筋性防御、腸雑音の有無と性状を確認する。腸雑音の減弱・消失は麻痺性イレウスを示唆し得るが、それ単独で診断してはならない。機械的閉塞の早期には金属音様の高調性腸雑音が聴取されることがある一方、進行例や虚血例では腸雑音が低下する場合もある。直腸診では便塊、血液、腫瘤感の有無を確認し、嵌頓ヘルニアを疑う場合は鼠径部、腹壁瘢痕部、ストーマ周囲などを含めて観察する。
画像評価では、腹部単純X線は腸管ガス像、腸管拡張、鏡面像の把握に用いられるが、原因検索や腸管血流評価には限界がある。腸閉塞症が疑われる場合、造影CTは閉塞部位・閉塞原因・閉塞の程度、腸管壁の造影状態、腹水、絞扼所見などを評価するうえで重要である。腸閉塞が疑われる患者では、診断と治療を同時進行させ、外科医の関与を早期に得ることが推奨されている。
参考)腸閉塞 - 01. 消化管疾患 - MSDマニュアル プロフ…
MSDマニュアル:腸閉塞
イレウスが疑われる患者では、まず全身状態の評価を行い、必要に応じて絶飲食、静脈路確保、輸液、電解質補正、尿量モニタリングを開始する。嘔吐が強い場合、著しい腹部膨満がある場合、誤嚥リスクが高い場合、または腸管減圧が必要と判断される場合には、経鼻胃管による減圧を検討する。減圧の目的は、胃内容物の排出による嘔吐・誤嚥リスクの軽減、腸管内圧低下、腹部膨満の緩和、胃管排液量を通じた水分出納評価である。ただし、胃管留置は患者負担や合併症もあるため、病態、症状、閉塞の可能性、治療計画を踏まえて適応を判断する。
同時に、イレウスの原因となる可逆的因子を是正する。術後であれば、過剰なオピオイド投与を見直し、可能であれば多角的鎮痛へ移行する。抗コリン薬など腸管運動を抑制し得る薬剤については、急な中止による不利益も含めて処方意図を確認し、減量・中止・代替の可否を主治医や関連診療科と検討する。低カリウム血症、低マグネシウム血症、低ナトリウム血症、酸塩基異常を適切に補正し、感染症、腹膜炎、膵炎、心肺疾患などの基礎病態を治療する。MSDマニュアルでは、イレウスへの支持療法として持続的な経鼻胃管吸引、絶食、輸液・電解質の静脈内投与を挙げ、オピオイドおよび抗コリン薬の回避を示している。
参考)イレウス - 01. 消化管疾患 - MSDマニュアル プロ…
術後患者では、早期離床、呼吸理学療法、疼痛コントロールの適正化、不要な胃管の早期抜去、適切な栄養再開などを含めた周術期管理が回復に寄与する。ただし、腹部膨満、嘔吐、排便・排ガス停止が遷延する場合は、「術後だから起こる一過性の腸管麻痺」と安易に判断しない。癒着性腸閉塞、吻合部狭窄、腹腔内膿瘍、縫合不全、内ヘルニアなどの術後合併症も鑑別に残し、症状の時間経過、炎症反応、ドレーン性状、CT所見を再評価する。
病棟、外来、救急のいずれでも、イレウスまたは腸閉塞症が疑われる患者では、単回の腹部所見よりも経時的変化を重視する。腹囲、腹部膨満の程度、疼痛の部位・性質・増悪因子、悪心・嘔吐回数、吐物の性状、排ガス・排便の有無、経鼻胃管排液量・色調、摂取量、輸液量、尿量、バイタルサインを一定の形式で記録する。とくに「痛みが一時的に軽くなった」ことだけで改善と評価せず、鎮痛薬によるマスキング、腸管壊死に伴う感覚低下、意識レベル低下なども考慮する。
医師への報告では、単に「腹部膨満があります」と伝えるのではなく、発症時刻、術後日数、最終排ガス・排便時刻、腹痛の変化、嘔吐量、バイタルの推移、腹部所見、胃管排液、尿量、採血異常、画像の実施状況を整理する。SBARなどの枠組みを使えば、絞扼や穿孔を疑う変化を速やかに伝えやすい。例えば、「術後3日目、6時間前から腹痛が持続して増悪し、腹部膨満、頻脈、乏尿、乳酸上昇を伴う。腹膜刺激症状があり、単純な術後イレウスではなく絞扼性腸閉塞を懸念する」といった報告は、緊急度と判断根拠を共有しやすい。
患者・家族への説明では、「腸が一時的に動きにくくなっている可能性」と、「腸が物理的に詰まって血流障害を起こしている可能性は別に評価が必要」という二層構造を平易に伝える。絶飲食や胃管留置の目的、輸液が必要となる理由、急な腹痛増悪・嘔吐・発熱・冷汗・息苦しさ・意識の変化があれば直ちに知らせる必要性を説明する。イレウスは支持療法と原因是正で回復する例がある一方、腸閉塞症や絞扼、虚血が隠れていれば緊急手術を要するため、「腸が動くまで待つ」だけでなく、継続評価と早期エスカレーションを診療プロセスに組み込むことが重要である。