

肺挫傷とは、交通事故、転落、胸部の圧迫、スポーツ外傷、作業中の打撲などによる鈍的胸部外傷を契機に、肺実質が損傷する病態です。肺胞毛細血管や肺間質の微小血管が傷つくことで、肺胞内および間質内に出血と浮腫が起こります。肺そのものに明らかな裂創がなくても、肺胞レベルでの損傷によって換気血流比不均衡やシャントが生じ、酸素化障害を招きます。
病態の中心は、肺胞内への血液・滲出液の貯留、肺間質浮腫、肺コンプライアンスの低下です。損傷部では肺胞が十分に換気されにくくなる一方、血流は残存するため、低酸素血症が進行することがあります。挫傷が広範囲である場合、片側肺に限局して見えても全身の酸素化に大きく影響し、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)へ進展する可能性があります。肺挫傷は単独で起こる場合もありますが、肋骨骨折、フレイルチェスト、気胸、血胸、心損傷、胸部大血管損傷、腹部臓器損傷などを伴うことがあり、外傷初期診療では胸部だけに注意を限定しない姿勢が必要です。
外傷後に認める胸痛は肺挫傷自体だけでなく、肋骨骨折や胸壁軟部組織損傷に由来することが少なくありません。しかし、疼痛による浅い呼吸、咳嗽抑制、喀痰排出不良は無気肺や肺炎のリスクを高めるため、疼痛を「付随症状」として軽視せず、呼吸管理の一部として捉えることが重要です。肺挫傷では、疼痛、呼吸困難、頻呼吸、頻脈、低酸素血症、喘鳴や湿性ラ音などがみられますが、初期には自覚症状が軽いこともあります。MSDマニュアル プロフェッショナル版:肺挫傷
肺挫傷を疑うべき状況としては、高エネルギー外傷、胸部への直接打撃、ハンドル外傷、シートベルト外傷、転倒・転落、胸部圧迫、複数肋骨骨折、フレイルチェストなどが挙げられます。とくに高齢者、慢性呼吸器疾患患者、心不全患者、抗凝固薬・抗血小板薬を使用している患者では、外傷の見かけの程度に比べて呼吸状態が悪化する可能性を考慮します。
初期評価では、外傷診療の基本に沿って気道、呼吸、循環を迅速に評価します。気道の開通性、呼吸数、努力呼吸、胸郭運動の左右差、呼吸音、皮下気腫、胸壁動揺、経皮的酸素飽和度、意識状態、血圧、脈拍などを確認します。呼吸困難、低酸素血症、胸部打撲痕、胸壁圧痛、呼吸音の左右差などがあれば、気胸・血胸・緊張性気胸・心タンポナーデなどの緊急病態と並行して鑑別します。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 受傷機転 | 高エネルギー外傷、胸部圧迫、直接打撃、転落など | 機転が重い場合は症状が軽くても警戒する |
| 症状・身体所見 | 胸痛、呼吸困難、頻呼吸、努力呼吸、低酸素血症 | 胸壁損傷や肋骨骨折の有無も評価する |
| パルスオキシメトリー | SpO2の連続または反復測定 | 受傷後に遅れて低下する可能性がある |
| 血液ガス分析 | PaO2、PaCO2、pH、乳酸値などを評価 | 低酸素血症、換気不全、循環不全を把握する |
| 胸部X線 | 非区域性の浸潤影、すりガラス様陰影など | 受傷直後には異常が明瞭でないことがある |
| 胸部CT | 挫傷範囲、出血、併存する気胸・血胸・骨折等を評価 | 肺挫傷の検出感度が高く、重症度評価にも有用 |
胸部X線は初期評価で広く利用されますが、肺挫傷の陰影は受傷直後には描出されず、数時間から24~48時間で明瞭になることがあります。そのため、初回X線が明らかでないことだけを根拠に肺挫傷を否定してはなりません。臨床経過、酸素化、呼吸仕事量、受傷機転を統合して再評価する必要があります。胸部CTは肺挫傷の検出感度が高く、病変範囲の把握に加え、気胸、血胸、肋骨骨折、縦隔損傷、肺裂傷などの併存外傷を確認するうえでも有用です。肺挫傷はCTでより早期かつ明瞭に評価できるとされています。Queensland Health:Blunt chest trauma clinical practice guideline
肺挫傷は「受傷時点の所見だけでは重症度を確定しにくい」点が重要です。肺胞内出血や間質浮腫は時間経過とともに進行することがあり、初診時に会話が可能でSpO2が保たれていた患者でも、その後に酸素化が悪化することがあります。とくに受傷後24~48時間は、呼吸状態の変化を念頭に置いた連続的な観察が必要です。
医療従事者は、SpO2の推移だけでなく、呼吸数、会話時の息切れ、努力呼吸、呼吸補助筋の使用、呼吸音、咳嗽力、喀痰の性状、意識状態、胸痛による深呼吸困難、体動時の酸素化低下を確認します。呼吸数の増加や酸素投与量の増量、頻脈、意識レベルの変化は、酸素化不良や呼吸疲弊の兆候として解釈します。パルスオキシメトリーが保たれていても、酸素投与下で維持されている場合には、必要酸素量の変化そのものが病態進行の手掛かりになります。
また、肺挫傷の患者では肺炎やARDSが遅発性合併症となり得ます。分泌物貯留や疼痛による換気低下は無気肺・感染の土台となるため、疼痛、排痰、体位変換、早期離床の可否を一体として評価します。大きな肺挫傷では肺コンプライアンス低下とシャント増大により呼吸不全へ進む可能性があるため、臨床症状と酸素化の乖離にも注意します。肺挫傷の症状・画像所見・モニタリングに関する解説
肺挫傷の治療は、損傷した肺組織を直接治す特異的治療ではなく、酸素化を維持し、合併症を予防しながら自然回復を支える支持療法が中心です。軽症例では、安静、十分な鎮痛、必要に応じた酸素投与、深呼吸と咳嗽の促進、排痰支援、呼吸状態の観察が基本になります。症状が乏しい場合でも、受傷機転や画像所見、併存損傷によっては入院下での経過観察が選択されます。
酸素投与は低酸素血症の改善を目的として行い、酸素化が不十分な場合には高流量鼻カニュラ療法、非侵襲的陽圧換気、気管挿管下人工呼吸管理を含めて検討します。ただし、非侵襲的陽圧換気は意識障害、嘔吐リスク、気道防御不良、循環動態不安定、顔面外傷などがある患者では適応を慎重に判断します。侵襲的人工呼吸管理が必要な場合は、他の急性低酸素性呼吸不全と同様に、肺障害を増悪させない換気戦略を個別に検討します。
鎮痛は呼吸管理の土台です。胸壁痛や肋骨骨折痛のために深呼吸・咳嗽ができないと、分泌物貯留、無気肺、肺炎が起こりやすくなります。全身状態、外傷の程度、出血リスク、腎機能、呼吸抑制リスクなどを踏まえ、非オピオイド鎮痛薬、オピオイド、区域麻酔などを適切に組み合わせます。鎮痛後に深呼吸や咳嗽が可能になったか、呼吸数やSpO2が改善したかを確認し、効果判定まで含めて実施することが大切です。
肺挫傷の看護では、数値の異常を発見するだけでなく、患者が十分に換気し、痰を排出し、離床へ向かえる状態を整えることが重要です。呼吸状態は安静時だけでなく、体位変換、清拭、食事、会話、歩行などの活動時にも変動します。呼吸数、SpO2、呼吸困難感、疼痛、咳嗽力、喀痰の量と性状、胸部聴診、意識状態を継続的に把握し、小さな悪化の連続性をチームで共有します。
排痰支援では、疼痛コントロールを前提として、深呼吸、ハフ咳嗽、スプリンティング、体位調整、必要に応じた吸引などを検討します。咳嗽時には、患者が胸部を枕やタオルで支持する方法を用いると、疼痛を軽減しつつ咳嗽を促せる場合があります。ただし、胸壁不安定性、脊椎損傷、血行動態、意識状態、他部位外傷を確認し、安全に実施できる範囲を判断します。
早期離床と呼吸理学療法は、呼吸循環動態が許容する範囲で検討します。離床の目的は、換気の改善、分泌物排出、無気肺予防、廃用予防です。ただし、肺挫傷では活動により酸素需要が増え、呼吸困難が顕在化することもあります。離床前後でSpO2、呼吸数、脈拍、呼吸困難感、疲労度を比較し、酸素投与量の調整や休息を含めた計画にします。
患者・家族への説明では、「受傷直後に軽症に見えても、翌日以降に呼吸状態が悪くなることがある」点を具体的に伝えます。息苦しさの増悪、会話のしにくさ、胸痛の増強、血痰、咳や痰の増加、発熱、強い眠気やぼんやりする感覚などは、速やかな再評価につながる重要な訴えです。肺挫傷は適切な酸素化、鎮痛、排痰支援、合併症監視によって回復を支えられる一方、病態が変化しやすい外傷であるため、初期所見のみで安心せず、経時的評価を徹底することが安全な診療につながります。

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