肺MAC症の診断・治療と長期管理の要点

肺MAC症の診断・治療と長期管理の要点

肺MAC症は環境中の非結核性抗酸菌による慢性肺疾患であり、培養結果だけでは診断や治療開始を決められません。画像、細菌学的検査、病勢、宿主因子を統合し、適切な多剤治療と有害事象管理をどう実践するのでしょうか?

肺MACの基礎知識と核心ガイド


肺MAC診療で外せない実践要点
培養陽性だけで確定しない

呼吸器検体からのMAC検出は環境由来の混入もあり得るため、症状、胸部CT、複数検体の培養結果を統合して診断する。

治療開始は個別に判断する

診断基準を満たしても直ちに薬物治療とは限らず、空洞、塗抹陽性、進行性画像変化、症状などを踏まえて決める。

マクロライド耐性の回避が重要

標準治療ではマクロライド、エタンブトール、リファマイシン系の併用を基本とし、マクロライド単剤化を避ける。

肺MAC症とは何か:MACと肺NTM症の位置付け




肺MAC症は、非結核性抗酸菌症(nontuberculous mycobacterial pulmonary disease:NTM-PD)のうち、Mycobacterium avium complex(MAC)を原因とする肺疾患である。MACは主としてMycobacterium aviumおよびMycobacterium intracellulareを含む菌群であり、結核菌群とは異なる。土壌、水道水、浴室、シャワー設備など生活環境に広く存在する環境菌であるため、一般に結核のようなヒトからヒトへの通常の感染伝播を前提とした疾患ではない。


臨床上は「肺MAC」「肺MAC症」「MAC肺症」などの表現が用いられるが、単に喀痰からMACが検出された状態と、臨床的な肺MAC症は区別する必要がある。特に高齢者、慢性気道疾患患者、気管支拡張症患者では、気道内に菌が定着あるいは一時的に検出されることがある。したがって、検査室からMAC培養陽性の報告を受けただけで治療適応と判断することはできない。


患者背景としては、中高年女性に多い結節・気管支拡張型、既存の肺疾患を有する患者にみられやすい線維空洞型が代表的である。慢性閉塞性肺疾患、陳旧性肺結核、肺気腫、じん肺、間質性肺疾患、気管支拡張症などの構造的肺疾患は重要な背景因子となる。加えて、低BMI、栄養状態低下、胃食道逆流、誤嚥リスク、免疫抑制薬使用なども、病態評価や経過観察で考慮すべき要素である。


肺MAC症は慢性かつ進行性に経過する場合がある一方、病勢が長期に安定する症例もある。この不均一性が、診断確定と治療開始を別の臨床判断として扱う理由である。診療では「MACがいるか」だけでなく、「MACが現在の呼吸器症状・画像異常・肺機能低下をどの程度説明し、今後どの程度進行し得るか」を評価する視点が重要となる。


肺非結核性抗酸菌症診断に関する指針 2024年改訂

診断基準:画像・微生物学・除外診断を統合する


肺MAC症の診断は、臨床的基準と細菌学的基準の両方を満たすことが基本である。臨床的基準では、咳嗽、喀痰、血痰、息切れ、全身倦怠感、体重減少などの症状の有無を確認する。ただし無症候または軽症のまま画像異常を契機に見つかることもあるため、症状の強さだけで否定はできない。


画像評価には胸部CT、可能なら高分解能CT(HRCT)が重要である。結節・気管支拡張型では、中葉や舌区を中心に、小葉中心性粒状影、tree-in-bud appearance、気管支拡張、粘液栓、浸潤影などを認めることが多い。線維空洞型では、上葉優位の空洞、線維化、胸膜肥厚、容積減少などを示す。画像所見はMACに特異的ではないため、結核、真菌症、悪性腫瘍、細菌性気道感染、びまん性汎細気管支炎、誤嚥関連肺障害などとの鑑別を並行して進める。


微生物学的には、異なる喀痰検体で同一菌種の培養陽性を複数回確認することが原則である。日本の2024年改訂指針では、臨床的基準に加え、異なる喀痰検体で2回以上の培養陽性、あるいは気管支洗浄液・気管支肺胞洗浄液で1回以上の培養陽性、または抗酸菌症に整合する病理所見と培養陽性の組み合わせなどが細菌学的基準として示されている。肺MAC症の初回診断では、臨床的基準を満たし、喀痰培養1回陽性に抗GPL-core IgA抗体陽性を組み合わせる暫定的な扱いも示されているが、抗体検査単独での確定診断はできない。












評価項目 基準・内容 備考
症状・臨床経過 咳嗽、喀痰、血痰、倦怠感、体重減少、画像変化などを評価する 無症候例でも画像・培養所見から評価が必要
胸部CT 結節、小結節、分枝状陰影、気管支拡張、細気管支拡張、空洞などを確認する HRCTが望ましい
喀痰培養 異なる喀痰検体で2回以上の培養陽性を基本とする 同一菌種の反復検出を確認する
気管支鏡検体 気管支洗浄液または気管支肺胞洗浄液で1回以上の培養陽性 喀痰採取困難例や鑑別困難例で検討する
病理組織 肉芽腫性病変や抗酸菌症に整合する所見と培養結果を組み合わせる 悪性腫瘍や他疾患との鑑別にも有用
除外診断 結核、真菌症、細菌感染症、悪性腫瘍、炎症性肺疾患などを除外する 抗酸菌塗抹陽性時は結核菌の迅速鑑別が重要


抗酸菌塗抹陽性は菌量の多さを示唆するが、結核菌とNTMを区別しない。塗抹陽性例では、感染対策と治療方針に直結するため、核酸増幅法などを用いた結核菌群との迅速な鑑別を急ぐ。また、治療を想定する場合には、少なくともマクロライド系薬およびアミカシンに対する感受性を確認し、薬剤選択と耐性リスクの評価に役立てる。


ATS/ERS/ESCMID/IDSA NTM肺疾患診療ガイドライン

治療開始の考え方と標準的な薬物治療


診断基準を満たすことは治療検討の出発点であって、全例で直ちに薬物治療を始める意味ではない。治療は長期間に及び、複数薬剤による副作用、薬物相互作用、通院・検査負担が生じる。したがって、病勢進行のリスクと治療負担を患者と共有し、治療開始または慎重な経過観察を選択する。


比較的積極的な治療開始を検討しやすい所見としては、抗酸菌塗抹陽性、空洞性病変、広範な病変、短期間での画像悪化、症状増悪、低BMIや低アルブミン血症などの全身状態不良、炎症反応上昇、免疫抑制状態などが挙げられる。一方、軽微な症状で、空洞がなく、喀痰塗抹陰性かつ画像所見が安定している症例では、定期的な喀痰検査、画像評価、症状確認を伴う経過観察が妥当となることがある。


薬物治療の中核はマクロライド系薬であり、日本ではクラリスロマイシン(CAM)が代表的に用いられる。アジスロマイシン(AZM)を選択する場合もある。一般的な基本レジメンは、マクロライド系薬、エタンブトール(EB)、リファンピシン(RFP)またはリファブチン(RBT)の3剤併用である。非空洞性で重症ではない結節・気管支拡張型では、連日投与のほか、条件に応じて週3回の間欠投与も選択肢となる。一方、空洞性病変、塗抹陽性、重症の結節・気管支拡張型では、原則として連日投与を基本に考える。


空洞性または重症例では、治療初期にストレプトマイシンまたはアミカシンなどのアミノグリコシド系薬を追加することが検討される。治療期間は、培養陰性化を確認してから少なくとも12か月間を目安とするため、全治療期間はしばしば18か月以上に及ぶ。培養陰性化の日付を正確に定義するには、治療中も定期的に喀痰培養を提出し、菌学的反応を追跡する運用が不可欠である。


  • マクロライド系薬を単剤で投与しない

  • エタンブトールを安易に中止して実質的なマクロライド単剤化を招かない

  • マクロライド耐性が疑われる場合は、自己判断で標準レジメンを継続せず専門施設と連携する

  • 治療前に菌種同定、結核菌群の除外、マクロライドおよびアミカシン感受性の確認を行う

  • 喀痰培養、症状、体重、胸部画像を組み合わせて治療反応を判定する


特に注意すべきはマクロライド耐性である。肺MAC症の治療成績はマクロライド感受性に強く左右され、耐性化は治療選択肢を著しく狭める。マクロライド単剤、マクロライドとキノロン系薬だけの不十分な組み合わせ、あるいはEBを欠く治療は耐性化のリスクとなり得る。薬剤中断が必要な場合も、残る薬剤構成が実質的にマクロライド単剤化していないかを必ず見直す。


成人肺非結核性抗酸菌症化学療法に関する見解 2023年改訂

有害事象・相互作用・治療効果のモニタリング


肺MAC症の治療は、レジメン選択だけでなく、安全に完遂できるモニタリング体制が成否を左右する。マクロライド系薬では消化器症状、肝機能障害、QT延長、難聴などに注意する。クラリスロマイシンは薬物相互作用が多いため、スタチン、カルシウム拮抗薬、抗不整脈薬、抗凝固薬、免疫抑制薬などの併用薬を開始前から系統的に確認する。


エタンブトールでは視神経障害が重要であり、視力、色覚、視野異常の自覚症状を事前に確認し、治療中も定期的な眼科的評価を検討する。患者には、視力低下、かすみ目、色の見え方の変化、中心暗点などを自己判断で放置せず、速やかに申告するよう具体的に説明する。腎機能低下例では投与量や投与間隔にも留意が必要となる。


リファンピシンは肝障害、消化器症状、血小板減少などに加え、強力な薬物代謝酵素誘導による相互作用が問題となる。ワルファリン、直接作用型経口抗凝固薬、経口避妊薬、抗てんかん薬、抗真菌薬、免疫抑制薬、抗HIV薬などの効果に影響する可能性がある。処方変更時には、薬剤師を含めた多職種で相互作用を照合し、血液検査や臨床症状に基づいて調整する。


アミノグリコシド系薬を使用する場合は、腎機能障害、聴力障害、平衡障害への警戒が不可欠である。投与前後の腎機能、聴力、めまい・ふらつきの有無を評価し、高齢者や既存の腎障害・難聴を有する患者では特に慎重に適応を判断する。標準治療を6か月以上実施しても培養陽性が持続する難治例では、吸入リポソーマルアミカシン製剤(ALIS)の追加が検討されるが、適応、忍容性、施設経験を踏まえて判断する。


効果判定は単一の指標に依存しない。喀痰培養の陰性化、塗抹結果、症状、喀痰量、血痰、体重、日常生活動作、炎症反応、胸部CT上の結節・浸潤影・空洞の変化を総合する。画像所見は改善まで時間を要することがあり、残存する気管支拡張や線維化を治療失敗と短絡しないことが大切である。反対に、症状が軽くても培養陽性が持続し空洞が拡大する場合には、治療強度、服薬状況、薬剤濃度、耐性、合併感染、診断の再評価が必要になる。


長期管理:気道クリアランスと再発・再感染への対応


肺MAC症では、抗菌薬治療だけでなく、基礎にある気道構造異常や分泌物貯留への介入が長期管理の重要な柱となる。気管支拡張症や慢性気道炎症があると、排痰不良が持続し、菌の定着や再感染を繰り返しやすくなる。患者ごとの呼吸機能、喀痰量、体力、整形外科的問題、在宅環境に応じて、気道クリアランスの方法を選択する。


具体的には、十分な水分摂取が可能かを確認したうえでの排痰指導、呼吸理学療法、ハフィング、体位ドレナージ、運動療法、必要に応じた吸入療法などを検討する。単に「痰を出すように」と伝えるのではなく、いつ、どの姿勢で、どの程度の頻度で実施するかを個別に具体化し、実行可能性を評価することが継続につながる。血痰がある場合や呼吸状態が不安定な場合は、自己流の強い排痰操作を勧めず、病態に応じた指導を行う。


治療終了後も、再燃と再感染の双方を念頭に経過をみる必要がある。症状再燃、喀痰増加、血痰、体重減少、CT上の新規病変や空洞拡大があれば、再度の喀痰抗酸菌検査と菌種同定を行う。再びMACが検出されたとしても、過去と同一菌株による再燃なのか、新たな環境曝露に関連する再感染なのかは、臨床経過や利用可能な菌学的情報を踏まえて検討する。いずれにしても、検出のみをもって治療再開を決めず、症状、画像、菌量、進行性、既治療歴、耐性情報を総合して判断する。


医療従事者は、長期治療に伴う患者の疲弊や服薬負担にも目を向ける必要がある。治療期間が長いほど、視覚障害、聴力低下、消化器症状、服薬忘れ、通院困難、栄養低下、不安や抑うつが治療継続を妨げる。定期診察では培養結果だけでなく、服薬アドヒアランス、生活機能、栄養、心理面、併用薬の変化を確認し、必要に応じて呼吸器専門医、感染症専門医、薬剤師、看護師、理学療法士、栄養士と連携することが、肺MAC症の安全で持続可能な診療につながる。

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