

一般に「眼球が出る病気」「目が飛び出す病気」と検索される状態は、医学的には眼球突出(proptosis、exophthalmos)として扱われることが多い所見である。眼球突出は、眼球自体が大きくなって前方へ押し出される場合だけでなく、眼球の後方にある眼窩内の脂肪、外眼筋、炎症性組織、膿瘍、腫瘍、血管などの容積が増え、眼球が前方へ偏位することで生じる。
ただし、患者が「目が出てきた」と表現するすべてが真の眼球突出とは限らない。眼瞼後退により白目の露出が増えた状態、強度近視による眼球の形態的変化、顔面骨格や左右の眼瞼形態による見かけ上の非対称、反対側の眼球陥凹による相対的な突出感なども鑑別に入る。したがって、病歴だけで断定せず、正面・側面観察、眼瞼裂高、角膜露出、Hertel眼球突出計または画像所見を組み合わせて、客観的に評価することが重要である。
成人の眼球突出で頻度の高い原因はバセドウ病に関連する甲状腺眼症であり、両眼性に認めることが多い。一方、小児では感染症、とくに副鼻腔炎から波及する眼窩蜂窩織炎を念頭に置く必要がある。眼球突出は単一の病名ではなく、視機能予後や全身予後に直結しうる病態の入口となる所見である。MSDマニュアル:眼球突出
msdmanuals(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/home/20-%E7%9C%BC%E3%81%AE%E7%97%85%E6%B0%97/%E7%9C%BC%E7%96%BE%E6%82%A3%E3%81%AE%E7%97%87%E7%8A%B6/%E7%9C%BC%E7%90%83%E7%AA%81%E5%87%BA)
眼球突出の鑑別では、発症様式、片側性か両側性か、疼痛・発熱の有無、視力や色覚の変化、眼球運動障害、拍動性、雑音、全身症状を組み合わせる。とくに「両眼性で緩徐進行」「片眼性で急性」「拍動性の突出」では、想定すべき病態が大きく異なる。甲状腺疾患の既往がある場合にも、安易に甲状腺眼症へ帰着させず、片眼優位、疼痛、急速進行、著明な視力障害があれば別の眼窩疾患を再評価する。
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 甲状腺眼症 | 外眼筋や眼窩脂肪組織の自己免疫性炎症により、眼球突出、眼瞼後退、複視、角膜障害、視神経障害を来す。 | バセドウ病に伴うことが多いが、甲状腺機能が正常または低下した患者でも起こりうる。 |
| 眼窩蜂窩織炎 | 眼窩中隔より後方の感染。眼瞼腫脹、発熱、眼球突出、眼球運動痛、運動制限、複視などを伴う。 | 副鼻腔炎からの波及が多く、視力障害や頭蓋内合併症のリスクがある。 |
| 眼窩腫瘍・リンパ増殖性病変 | 緩徐進行性の片眼性突出、眼球偏位、複視、眼瞼下垂などが手掛かりになる。 | 涙腺病変、リンパ腫、転移性腫瘍、神経原性腫瘍などを含む。 |
| 血管性病変 | 頸動脈海綿静脈洞瘻、静脈奇形、海綿状血管腫などで突出を生じる。 | 拍動、結膜充血・浮腫、眼圧上昇、血管雑音、眼球運動障害の有無を確認する。 |
| 外傷・眼窩内出血 | 外傷後または抗凝固薬使用中に急激な眼球突出、眼瞼緊張、視力低下を呈することがある。 | 眼窩コンパートメント症候群を疑う場合は時間依存性の緊急対応が必要となる。 |
甲状腺眼症は、自己免疫性甲状腺疾患を背景として、外眼筋や球後組織に炎症が生じる疾患である。診断では、自己免疫性甲状腺疾患、眼症候、画像上の眼球突出または外眼筋腫大などを総合して評価する。甲状腺機能検査だけでは不十分であり、眼瞼後退、眼瞼腫脹、結膜充血、眼球運動制限、複視、角膜露出、視神経症の有無を眼科的に確認する必要がある。日本甲状腺学会:バセドウ病悪性眼球突出症(甲状腺眼症)の診断基準と治療指針 2023
japanthyroid(https://www.japanthyroid.jp/doctor/img/basedou03_2023.pdf)
眼球突出では、「突出がある」ことそのものよりも、視神経圧迫、角膜露出、眼窩内感染、眼窩内出血、頭蓋内波及などを示す随伴所見を見逃さないことが重要である。急な視力低下、色覚低下、相対的求心性瞳孔障害、眼球運動障害、眼球運動時の強い痛み、複視、急速な突出増悪、角膜混濁、兎眼による角膜露出、著しい眼瞼緊張、発熱、激しい頭痛、意識・神経学的異常は、同日中の緊急評価を要する赤旗所見と考える。
眼窩蜂窩織炎は、眼窩中隔より後方に炎症が及ぶ感染症であり、視機能障害だけでなく、海綿静脈洞血栓症や頭蓋内感染などの重大な合併症につながりうる。眼球突出、眼球運動痛または運動制限、複視、視力低下、瞳孔異常を伴う場合は、単なる眼瞼炎・眼瞼周囲蜂窩織炎として経過観察せず、眼科および必要に応じて耳鼻咽喉科と連携し、造影CTまたはMRIを含む迅速な評価を検討する。
ncbi.nlm.nih(https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK507901/)
診療では、まず発症時期と進行速度を確認する。数時間から数日単位の急性発症であれば、感染、出血、外傷、血管病変を優先する。数週から数か月の緩徐な進行であれば、甲状腺眼症、腫瘍、リンパ増殖性病変、慢性炎症性疾患を検討する。片眼性か両眼性か、左右差の程度、日内変動、前屈・いきみによる悪化、外傷歴、上気道炎・副鼻腔炎症状、甲状腺疾患歴、悪性腫瘍歴、免疫抑制状態、抗凝固療法の有無も重要な情報となる。
眼科的には、視力、色覚、瞳孔反応、眼圧、眼球運動、複視、眼位、眼瞼裂、閉瞼状態、角膜障害、結膜充血・浮腫、眼底所見を系統的に確認する。突出の評価にはHertel眼球突出計が用いられるが、単回値だけでなく左右差や過去値との比較が有用である。眼球後方の病変、外眼筋の腫大、眼窩脂肪の増生、膿瘍、骨病変、出血、腫瘤、血管異常の把握にはCTやMRIを使い分ける。
甲状腺眼症が疑われるときは、TSH、遊離T4、遊離T3に加え、TSH受容体抗体などを含む甲状腺関連評価を検討する。一方、眼窩蜂窩織炎が疑われる症例では、全身状態、炎症反応、血液培養の適応を判断しつつ、画像検査と専門科連携を急ぐ。突出の原因検索で最も避けるべきなのは、外観上の印象のみから「バセドウ病らしい」と診断を固定し、急性の感染や視神経障害を見落とすことである。
甲状腺眼症の評価では、活動性と重症度を分けて考える。炎症が活発な時期には、眼瞼・結膜の発赤や腫脹、疼痛、進行性の複視などがみられ、病態に応じて薬物療法や放射線治療、外科的治療が検討される。重症度評価では、角膜障害と視神経障害を優先し、視機能を脅かす病態を早期に拾い上げる。急激な視力低下、色覚異常、急激な突出、角膜混濁、兎眼、視神経乳頭浮腫は、至急紹介の対象として扱うべき所見である。
japanthyroid(https://www.japanthyroid.jp/doctor/img/basedou02.pdf)
眼球突出の治療は、突出そのものを一律に減らすことではなく、原因疾患を確定し、視機能・角膜・生命に関わるリスクを管理することが目的である。甲状腺眼症では、禁煙支援、甲状腺機能の安定化、眼表面保護、複視への対応、活動性・重症度に応じた抗炎症治療、眼窩減圧術、斜視手術、眼瞼手術などを段階的に検討する。喫煙は甲状腺眼症の発症・増悪に関連するため、禁煙は患者指導の重要な柱となる。
眼窩蜂窩織炎では、入院管理、抗菌薬治療、画像再評価、膿瘍形成時の外科的ドレナージの要否判断が問題となる。腫瘍性病変やリンパ増殖性病変では、画像だけで確定できないこともあり、生検を含む病理診断と、腫瘍の種類に応じた眼科・耳鼻咽喉科・血液内科・放射線治療科・脳神経外科などの連携が必要になる。血管性病変では、病態に応じて脳血管内治療を含む専門的治療が選択される。
患者や家族には、「目が出ている」という見た目の変化だけで緊急度を決められないことを説明する。特に、急に悪化した、片方だけ急に出てきた、見えにくい、色が分かりにくい、物が二重に見える、目を動かすと痛い、まぶたが閉じず黒目が乾く、発熱や強い頭痛がある場合は、次回予約を待たずに救急対応可能な医療機関へ相談するよう伝える。甲状腺眼症では、眼科と内分泌・甲状腺診療の連携が治療選択と長期管理に重要であり、日本眼科学会と関連学会は診療連携を目的とした甲状腺眼症診療施設一覧を公表している。日本眼科学会:甲状腺眼症診療施設一覧について
nichigan.or(https://www.nichigan.or.jp/member/news/detail.html?itemid=847&dispmid=917)