

腹部大動脈瘤(abdominal aortic aneurysm:AAA)とは、腹部大動脈が局所的かつ恒久的に拡張した状態であり、一般に最大短径が3.0cm以上のものを指す。腹部大動脈は横隔膜下から総腸骨動脈分岐部までの範囲にあり、AAAの多くは腎動脈より末梢側に発生する腎動脈下腹部大動脈瘤である。腹部大動脈径3cm以上をAAAとする基準は、臨床現場での診断およびサーベイランスの出発点として広く用いられている。
msdmanuals(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-%E5%BF%83%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%A4%A7%E5%8B%95%E8%84%88%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%88%86%E6%9E%9D%E3%81%AE%E7%96%BE%E6%82%A3/%E8%85%B9%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%8B%95%E8%84%88%E7%98%A4-aaa)
病態の中心には、動脈硬化、慢性炎症、細胞外マトリックス分解、平滑筋細胞の機能低下、血行力学的ストレスなどが関与する。大動脈壁の弾性線維やコラーゲンが障害されることで壁強度が低下し、血管径の拡大に伴って壁応力がさらに増大する。瘤が大きくなるほど破裂リスクが上がる一方、同じ瘤径でも女性、喫煙者、急速増大例、形態が不整な例では相対的にリスクが高い可能性があるため、最大径のみで単純に判断しない姿勢が求められる。
臨床的には、紡錘状瘤が典型的であるが、限局して突出する嚢状瘤、感染性動脈瘤、炎症性腹部大動脈瘤などでは、通常の変性性AAAとは異なる評価が必要となる。特に嚢状瘤や感染が疑われる瘤では、比較的小さな径であっても破裂や進展の危険性を考慮し、早期の専門科紹介を検討する。
AAAの代表的な危険因子は、加齢、男性、喫煙歴、動脈硬化性疾患、第一度近親者のAAA家族歴、高血圧、脂質異常症などである。なかでも喫煙は発症および瘤拡大との関連が強く、現喫煙・過去喫煙の聴取は、腹部大動脈評価の必要性を考えるうえで重要な情報となる。冠動脈疾患、末梢動脈疾患、頸動脈疾患を有する患者では、全身の動脈硬化性疾患の一部としてAAAが存在する可能性を意識する。
日本の大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドラインでは、腹部超音波検査によるスクリーニング対象として、65歳以上の男性および65歳以上の喫煙女性が示されている。米国予防医療専門委員会(USPSTF)も、喫煙歴のある65~75歳男性には腹部超音波による1回のAAAスクリーニングを推奨している。日本の診療では一律導入の可否だけでなく、健診画像、他疾患のCT、身体所見、家族歴、循環器リスクを統合して対象を見出すことが現実的である。
j-circ.or(https://www.j-circ.or.jp/cms/wp-content/uploads/2020/07/JCS2020_Ogino.pdf)
| 項目 | 基準・内容 | 備考 |
|---|---|---|
| 年齢 | 高齢になるほど有病率が上昇 | 特に65歳以上で評価を意識する |
| 性別 | 男性で多い | 女性は頻度が低いが、破裂リスク評価では注意を要する |
| 喫煙歴 | 発症・拡大と強く関連する主要因子 | 現喫煙、過去喫煙のいずれも確認する |
| 家族歴 | 第一度近親者のAAAはリスク上昇要因 | 若年でも画像評価を検討する契機となる |
| 動脈硬化性疾患 | 冠動脈疾患、末梢動脈疾患、脳血管疾患など | 全身の血管病としてリスク管理を行う |
スクリーニングで有用な腹部超音波検査は、非侵襲的で反復可能であり、最大径の確認に適している。腸管ガス、肥満、石灰化などにより描出が十分でない場合には、造影CTまたは単純CTを含めた追加評価を検討する。腹部拍動性腫瘤を触知した場合でも、肥満例では触知感度が低く、逆に正常大動脈の拍動を瘤と誤認することもあるため、身体診察のみで否定・確定しないことが重要である。
2020年改訂版 大動脈瘤・大動脈解離診療ガイドライン
AAAの診断には腹部超音波検査とCTが中心的な役割を果たす。超音波はスクリーニングおよび定期フォローに適しており、最大短径を一定の手法で継続測定することが大切である。測定断面や内外径の取り方が異なると、見かけ上の径変化が生じるため、施設内での計測法を可能な限り統一する。経時比較では、過去画像を参照し、単回の数値だけではなく拡大傾向を把握する。
造影CTは、瘤径に加えて腎動脈との位置関係、ネック長、ネック径、屈曲、壁在血栓、石灰化、腸骨動脈への進展、分枝血管の状態を評価できる。とくに血管内治療であるEVAR(endovascular aneurysm repair:ステントグラフト内挿術)を検討する際には、デバイスの適応解剖を評価するために不可欠である。破裂や切迫破裂が疑われる場合には、患者の循環動態を確認しつつ、可能であれば造影CTで出血、後腹膜血腫、瘤形態、治療戦略を迅速に評価する。
小径AAAでは、直ちに侵襲的治療を行うのではなく、瘤径と拡大速度に応じたサーベイランスが原則となる。フォロー間隔は瘤径、性別、拡大速度、形態、併存疾患、画像の再現性などを踏まえて個別化する。年間の増大速度が速い例、短期間で明らかな径増大を認める例、腹痛・背部痛など症候を伴う例では、単純な定期観察の継続ではなく、早期に血管外科または心臓血管外科へ相談する。
非破裂AAAに対する侵襲的治療の目的は、瘤破裂を予防し、破裂による死亡を回避することである。日本心臓血管外科学会が示す2020年改訂版ガイドラインの解説では、瘤径55mm以上は侵襲的治療の対象とされ、日本人では50mm以上でも治療が許容され得るとされている。ただし、治療適応は瘤径のみで決定するものではない。症候性AAA、急速増大例、嚢状瘤、感染性や炎症性が疑われる病変では、破裂リスクと治療リスクを比較して早期治療を検討する。
jscvs.or(https://jscvs.or.jp/surgery/3_12_syujutu_sinzou_hukubu/)
一般にAAAの破裂リスクは瘤径の増大に伴い上昇する。目安として、5.0~5.5cmを超えるAAAでは待機的修復を検討する考え方が示されており、6cmを超えると年間破裂リスクはさらに高くなる。もっとも、数値は集団データであり、患者個別の年齢、性別、身体機能、心肺腎機能、解剖学的条件、余命、本人の価値観を含めた共同意思決定が必要である。
msdmanuals(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/multimedia/table/%E8%85%B9%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%8B%95%E8%84%88%E7%98%A4aaa%E3%81%AE%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%95%E3%81%A8%E7%A0%B4%E8%A3%82%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%82%AF)
開腹人工血管置換術(open surgical repair:OSR)は、動脈瘤を切開して人工血管へ置換する根治性の高い治療であり、若年例、長期耐久性を重視する例、EVARの解剖学的適応が乏しい例などで重要な選択肢となる。一方で、開腹、遮断、全身麻酔を伴うため、周術期侵襲は相対的に大きい。腹部手術歴、心肺機能、腎機能、フレイル、感染リスクなどを踏まえた評価が必要となる。
EVARは、大腿動脈などからステントグラフトを留置して瘤内への血流を遮断する低侵襲治療である。高齢者や開腹手術の侵襲が懸念される患者に有力な選択肢となるが、近位ネックや腸骨動脈などの解剖学的条件を満たす必要がある。また、術後にはエンドリーク、ステントグラフト移動、瘤径再拡大、脚閉塞などを評価するため、長期にわたる画像フォローが欠かせない。初期侵襲の低さだけでなく、術後監視を継続できるかという視点も治療選択に含める。
日本心臓血管外科学会:腹部大動脈瘤手術
AAA破裂は、短時間で大量後腹膜出血や腹腔内出血を来し得る致死的な救急疾患である。典型的には突然発症する腹痛、腰背部痛、鼠径部痛、失神、冷汗、意識障害、低血圧を認めるが、症状は必ずしも典型的ではない。腹痛、腰背部痛、拍動性腹部腫瘤という古典的三徴がそろわない症例も多く、特に高齢者の原因不明の循環不全では、AAA破裂を鑑別から外さないことが重要である。
破裂が疑われる場合は、院内救急対応と同時に血管外科・心臓血管外科、麻酔科、放射線部門などと速やかに連携する。末梢静脈路の確保、血液型・交差適合試験、凝固系を含む採血、輸血製剤の準備、酸素化、体温管理を実施する。過度な輸液により血圧を急激に上昇させると出血を助長するおそれがあるため、意識状態や臓器灌流を保つ範囲での慎重な血圧管理が必要となる。なお、循環動態が不安定で破裂が強く疑われる場合には、CT撮影による搬送・待機が治療遅延につながらないよう、施設の緊急手術・EVAR体制に即した判断を行う。
破裂AAAは、直ちに開腹手術または緊急EVARを要する状態であり、無治療では極めて高い死亡率を伴う。急性冠症候群、腎・尿路結石、消化管穿孔、急性膵炎、腸間膜虚血、腰椎疾患などとの鑑別を考えつつも、高齢者の急性腹痛・腰背部痛においては、まず致死的疾患としてのAAA破裂を念頭に置く。診療の要点は、確定診断を待つことではなく、疑った時点で治療可能な専門チームへ確実に接続することである。 msdmanuals(https://www.msdmanuals.com/ja-jp/professional/04-%E5%BF%83%E8%A1%80%E7%AE%A1%E7%96%BE%E6%82%A3/%E5%A4%A7%E5%8B%95%E8%84%88%E3%81%A8%E3%81%9D%E3%81%AE%E5%88%86%E6%9E%9D%E3%81%AE%E7%96%BE%E6%82%A3/%E8%85%B9%E9%83%A8%E5%A4%A7%E5%8B%95%E8%84%88%E7%98%A4-aaa)