ビロイで変わるCLDN18.2陽性胃がん治療

ビロイ(ゾルベツキシマブ)は、CLDN18.2陽性かつHER2陰性の治癒切除不能な進行・再発胃がんに用いる分子標的薬です。適応判定、作用機序、臨床試験の有効性、悪心・嘔吐対策をどう臨床実装すべきでしょうか?

ビロイ 胃がんの基礎知識と核心ガイド

ビロイ導入時の実践ポイント
対象はCLDN18.2陽性例

承認検査でCLDN18.2陽性を確認し、HER2陰性の切除不能進行・再発胃がんで適応を判断します。

一次治療で化学療法と併用

FOLFOXまたはCAPOXとの併用で、無増悪生存期間と全生存期間の有意な延長が示されています。

悪心・嘔吐の予防が要点

初回投与時を中心に悪心・嘔吐が多いため、開始前から十分な制吐と症状観察を組み込むことが重要です。

ビロイとは何か:胃がんにおける位置付け

ビロイは、一般名をゾルベツキシマブ(遺伝子組換え)という抗悪性腫瘍剤であり、CLDN18.2(Claudin 18 splice variant 2)を標的とするキメラ型IgG1モノクローナル抗体である。日本では2024年3月26日、「CLDN18.2陽性の治癒切除不能な進行・再発の胃癌」を効能・効果として製造販売承認を取得した。対象には胃食道接合部腺癌も含まれる。
重要なのは、ビロイが早期胃がんに対する術前・術後補助療法や、切除可能胃がんに漫然と用いる薬剤ではない点である。添付文書上、術後補助療法における有効性および安全性は確立していない。したがって、実臨床での導入場面は、原則として化学療法歴のないCLDN18.2陽性かつHER2陰性の治癒切除不能な進行・再発胃がんにおける一次治療となる。
CLDN18.2は細胞接着に関連するタイトジャンクション蛋白であり、正常では主に胃粘膜に発現する。胃がんの一部でも発現が維持されるため、腫瘍選択性を利用した治療標的となる。ゾルベツキシマブはがん細胞膜上のCLDN18.2に結合し、抗体依存性細胞傷害活性(ADCC)および補体依存性細胞傷害活性(CDC)を介して、腫瘍増殖を抑制すると考えられている。
kegg(https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00071805)
胃がん薬物療法では、HER2、PD-L1 CPS、MSI/MMR、CLDN18.2など、複数のバイオマーカーを治療開始前に整理する必要がある。ビロイの登場により、CLDN18.2は単なる研究上の発現マーカーではなく、一次治療の選択へ直結する実用的なコンパニオン診断領域となった。
ビロイ点滴静注用の添付文書情報

適応判定:CLDN18.2検査とHER2陰性の確認

ビロイ投与の前提は、腫瘍組織でCLDN18.2陽性が確認されることである。国内の添付文書および第III相試験で用いられた定義では、免疫組織化学染色により、75%以上の腫瘍細胞の細胞膜に中等度から強度、すなわち2+以上のCLDN18染色性を認める場合をCLDN18.2陽性とする。胃がん組織でCLDN18陽性が確認された場合、CLDN18.2陽性と判断できる。
検査は、十分な経験を有する病理医または検査施設で実施し、承認された体外診断用医薬品または医療機器を使用する必要がある。胃がんでは腫瘍内不均一性が問題となり得るため、内視鏡生検組織の量・保存状態・固定条件を確認し、検体不良時には再生検や手術検体の利用を含めて病理部門と連携する。治療選択を急ぐ進行例ほど、初回診断時からHER2、CLDN18.2、PD-L1 CPS、MSI/MMRを並行して提出できる検査フローが有用である。

項目 基準・内容 備考
疾患状態 治癒切除不能な進行・再発胃癌 胃食道接合部腺癌を含む
CLDN18.2 腫瘍細胞の75%以上で細胞膜染色が2+以上 承認検査で確認する
HER2 陰性 ビロイ投与前に確認が必要
治療ライン 化学療法歴のない一次治療 試験対象および臨床的位置付けに沿う
併用療法 フルオロピリミジン系薬剤+オキサリプラチン系薬剤 FOLFOXまたはCAPOXを基盤に検討する

CLDN18.2陽性であっても、HER2陽性例はビロイの添付文書上の投与対象ではない。HER2陽性例では抗HER2療法を含む治療戦略が優先して検討される。また、免疫チェックポイント阻害薬を含む治療選択については、PD-L1 CPS、全身状態、併存疾患、臓器機能、施設プロトコール、最新の診療ガイドラインを統合して判断する必要がある。
日本癌治療学会:ゾルベツキシマブ併用時の制吐療法速報

SPOTLIGHT・GLOW試験が示した有効性

ビロイの臨床的有用性は、CLDN18.2陽性かつHER2陰性の局所進行切除不能または転移性胃・胃食道接合部腺癌を対象とした国際共同第III相試験、SPOTLIGHT試験とGLOW試験で示された。両試験は化学療法歴のない患者を対象とし、ゾルベツキシマブと化学療法の併用群を、プラセボと化学療法の併用群と比較した二重盲検無作為化試験である。
SPOTLIGHT試験ではmFOLFOX6を治療基盤とし、565例が登録された。無増悪生存期間中央値はビロイ併用群10.6カ月、対照群8.67カ月であり、増悪または死亡リスクはハザード比0.751で有意に低下した。全生存期間中央値も18.2カ月対15.5カ月で、ハザード比0.750と有意な延長を認めた。
GLOW試験ではCAPOXを基盤とし、507例が登録された。無増悪生存期間中央値はビロイ併用群8.21カ月、対照群6.80カ月であり、ハザード比は0.687であった。全生存期間中央値は14.4カ月対12.2カ月、ハザード比0.771であり、こちらもビロイ併用群の優越性が示された。
kegg(https://www.kegg.jp/medicus-bin/japic_med?japic_code=00071805)

  • SPOTLIGHT試験では、mFOLFOX6へのビロイ上乗せによりPFSとOSの双方で有意な延長が確認された
  • GLOW試験では、CAPOXへのビロイ上乗せによりPFSとOSの双方で有意な延長が確認された
  • 統合解析では、腫瘍縮小率に大差がなくても生存転帰を改善する可能性が示された
  • 効果判定では画像上の縮小だけでなく、病勢制御期間、症状、栄養状態、治療継続性を総合的に評価する

こうした結果は、CLDN18.2陽性というバイオマーカーで選別した集団において、化学療法への標的薬上乗せが予後へ寄与し得ることを示す。一方で、試験結果の数値を個々の患者へそのまま当てはめることはできない。PS、腹膜転移、狭窄や通過障害、腹水、栄養不良、腎機能・肝機能、末梢神経障害のリスク、治療目標を踏まえた個別化が不可欠である。

投与方法と悪心・嘔吐への実践的対応

ビロイは他の抗悪性腫瘍薬と併用して投与する。通常、成人には初回800mg/m2を投与し、以降は3週間間隔の場合600mg/m2、または2週間間隔の場合400mg/m2を、2時間以上かけて点滴静注する。併用化学療法のレジメン間隔に合わせて、FOLFOX系では2週ごと、CAPOX系では3週ごとのスケジュールを選択する考え方が実務上の基礎となる。
投与時の最重要課題は悪心・嘔吐である。添付文書では、悪心64.9%、嘔吐59.1%が報告されており、Grade 3以上の重度悪心・嘔吐も15.9%に認められている。統合解析でも、悪心はビロイ併用群76.0%、化学療法単独群56.2%、嘔吐は66.8%対34.2%であり、ビロイ追加に伴う消化器症状の増加が明瞭である。
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症状は特に初回投与時に生じやすく、その後のサイクルでは頻度が減少する傾向が報告されている。しかし、初回に強い悪心・嘔吐を経験すると、患者の治療不安、栄養摂取低下、脱水、救急受診、次コースの治療忌避につながり得る。そのため、「出現してから対処する」のではなく、投与前からの予防的制吐をレジメンに組み込むことが重要である。
日本癌治療学会は、ゾルベツキシマブが催吐性の高い薬剤であり、適切な制吐療法が必要であると注意喚起している。制吐薬は併用するオキサリプラチン含有化学療法の催吐リスクも併せて評価し、5-HT3受容体拮抗薬、デキサメタゾン、NK1受容体拮抗薬、オランザピンを含む多剤併用の要否を患者ごとに検討する。糖尿病、眠気・転倒リスク、せん妄リスク、便秘、併用薬、外来通院の可否などを踏まえ、支持療法を個別化する。
看護師・薬剤師・栄養士を含めた多職種連携では、投与当日の悪心スコア、嘔吐回数、経口摂取量、飲水量、体重変化、尿量、便通、レスキュー制吐薬の使用回数を定型的に記録するとよい。患者には、食事を少量頻回にすること、においの強い食事を避けること、脱水徴候、制吐薬を使用しても摂取不能な場合の連絡基準を、初回投与前から具体的に説明する。

安全性評価と治療チームでの運用ポイント

ビロイ投与中は、悪心・嘔吐に加え、過敏症、infusion reaction、骨髄抑制、食欲減退、下痢、疲労、電解質異常などを、併用化学療法の有害事象と区別しつつ評価する必要がある。添付文書では重大な副作用として、過敏症16.9%、infusion reaction 44.3%、重度の悪心・嘔吐15.9%が挙げられている。
infusion reactionや過敏症を疑う発熱、悪寒、発疹、掻痒、呼吸困難、喘鳴、血圧低下、胸部不快感などが出現した場合は、速やかな観察と対応が必要である。Grade 2の過敏症またはinfusion reactionでは、Grade 1以下まで回復するまで投与を中断し、回復後は減速して再開できるとされる。一方、アナフィラキシー、アナフィラキシーが疑われる場合、またはGrade 3以上の過敏症・infusion reactionでは投与中止を考慮する。
悪心がGrade 2以上、または嘔吐がGrade 2から3に達した場合も、添付文書ではGrade 1以下への回復まで投与中断し、その後に減速再開する対応が示されている。次回投与では予防薬の前投与を行う。Grade 4の嘔吐では投与中止が目安となる。実際にはCTCAE評価だけでなく、患者が内服や水分を保持できているか、補液・救急対応が必要か、腎前性腎障害や電解質異常を伴っていないかを確認することが重要である。
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治療導入前カンファレンスでは、病理レポート上のCLDN18.2判定とHER2判定を確認し、化学療法レジメン、投与日程、制吐レジメン、緊急連絡先、栄養支援の開始基準までを共有する。特に腹膜転移、胃出口狭窄、通過障害、腹水などによりもともと食事摂取が不安定な患者では、ビロイ関連の悪心・嘔吐と原疾患進行を混同しない視点が必要となる。
ビロイは、CLDN18.2陽性・HER2陰性の進行・再発胃がんに対し、一次治療の選択肢を拡張した薬剤である。適切なバイオマーカー検査、化学療法との計画的な併用、初回からの強化制吐、infusion reactionを含む安全性モニタリングを一体化できれば、有効性を治療継続へつなげやすくなる。個別の投与可否や支持療法は、添付文書、各施設のレジメン、関連学会ガイドラインを参照し、がん薬物療法に精通した医師の判断のもとで決定する。